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戦場の小さな天使たち

1987年イギリス
監督:ジョン・ブアマン
出演:サラ・マイルズ、セバスチャン・ライス・エドワーズ、ジュラルディン・ミュア

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
1939年9月、第二次世界大戦の勃発を告げるラジオ。
ロンドン郊外に住む少年、ビル・ローハンの父親は出征し、母親は幼いビルと妹のスーを疎開させようとするが、土壇場になってやめさせ、姉のドーンと4人で自宅に留まることになった。
町の家はドイツ軍の爆撃によって次々焼けたが、そこは子供たちの遊び場と化した。


東京国際映画祭で上映された時は違うタイトルだったこの作品は、戦争が背景にありながらもロンドンの人々の日常をコミカルに描いています。

stt.jpg戦争が背景にあると、どうしても「戦争の悲惨さ」を見出さなきゃ嘘だろう?みたいに、この作品も例外なく「戦争の悲惨さを感じました」という感想がありますけど、私はこの作品についてはそのような感想は持ち合わせていません。
強いて言うなら「子供のタフさ」は感じました。

この作品の舞台はロンドンだから、フランスやポーランドとは違ってまだ余裕があったということが滲み出ていますが・・・。
ですから、戦争で本当に苦しんだ人たちからすれば、この作品はふざけている・・・という印象は持たれるでしょうね。
しかも、後にアメリカが参戦した連合国側の戦争描写ですから。

イギリス独特のブラックな要素なんだと思えば、数々のエピソードも笑っていられますけど、爆破された家で遊び、空襲警報がいつ鳴るのかわからない状況でも小娘ひとりで夜遊びし、「防空壕で死んでられっか」てな感じで不満を漏らせる余裕があったのねー・・・と思うばかり。

stt2.jpg同じ第二次世界大戦でも、本当に国によって違いますね。
同じ年に公開した「さよなら子供たち」と、つい比較してしまった記憶があり、この作品には正直嫌悪感さえ抱いたものですが。
ラストなどは、賛否両論でしたからね。
ドイツ軍に学校を爆破されて、喜ぶ子供たち。
「ドイツよありがとう!!」まで言いのけるのは、ちょっとやり過ぎじゃないかと・・・。

でも、ビルと祖父のコンビは面白かったですね。
ビルの家が爆撃を受けたのではなく、火の不始末で火事になったという流れから、頑固な祖父の家に身を寄せたあたりからのエピソードは、なかなか良かったです。
爆弾が川に落ちて爆破し、それで魚が大量にプカプカ浮いてきたとか、そういうコミカルな描写は面白かった。

そういうことで、この映画から「戦争の悲惨さ」などという感想はどの辺で抱くのか?・・・と。
戦争中も楽しんじゃってる子供たちが「戦場の小さな天使たち」であり、彼らにとって悲惨なのは、学校へ行って勉強しなければならないことでなんですよ。
だから、ああいうラストなのでしょう。
戦争中人々が辛い日々を送ってるという映画は数々あれど、そういう描写をあえて排除していることは評価したいですね。

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2007年08月27日 映画あ〜さ行 1980年代 トラックバック:0 コメント:0

スパイ・ライク・アス

スパイ・ライク・アス1985年アメリカ
監督:ジョン・ランディス
出演:ダン・エイクロイド、チェヴィー・チェイス、スティーヴ・フォレスト

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
アメリカ国務省に勤務するエメットは、親の七光りで職に就き、ロクに仕事をしない。
そして、国防省に勤務するオースティンは、暗号解読機を修理するだけの退屈な仕事をしていた。
最高幹部は、この落ちこぼれとも呼べる2人をある作戦のオトリ要員として、スパイ派遣させることにした。
そうとも知らない2人は、昇進して海外勤務ができると張り切るのだが・・・。


ダン・エイクロイドの原案、脚本、制作で、またまたジョン・ランディスと組んで、冷戦時代の米ソ関係をコメディタッチながらも、皮肉と希望的な要素を取り入れた作品。
この映画には、多くの映画監督や製作者などがチョイ役で登場しているのも話題になった。
ちなみに、ボブ・ホープ、テリ−・ギリアム、コーエン兄弟、サム・ライミ、B・B・キングなどが、どこかにヒョイと出ています。

sla3.jpgドタバタなコメディかと思って観ると、少々期待ハズレな印象を受けてしまうかもしれませんね。
この映画は時事ネタなので、それを知らないと根にある毒は感じないかもしれません。
前編あたりまでは単純に笑える箇所も多いんですけど、中盤あたりの2人がコンテナで落とされて以降は時事ネタ。

まずは、ソ連のアフガン侵攻を思い出して頂きましょう。
ソ連がアフガンに侵攻して戦闘を開始したのが1979年。
その年、パキスタンは秘密裏に核兵器を開発していて、それに怒ったアメリカ政府は経済援助を停止したものの、アフガンのゲリラ支援をパキスタンを通して行うしかなく、手のひらを返して同盟国のような関係に。
ですから、エメットとオースティンは堂々と「アメリカ人だぜ〜〜!」とアピールしちゃうんですね。

映画が作られた年は、まだソ連はアフガンから完全撤退はしていない・・・ということからか、道中にアメリカ人を装ったソ連の人間と遭遇(場に合わない爽やかな服装が可笑しい)
で、彼らの正体を見破った2人は、彼らの車をまんまと盗んで、アフガンに入る。
そこでアフガンのゲリラたちと遭遇するんだけれど、アメリカはゲリラに武器や資金を供給していたこともあり、2人は偉そうに「アフガン解放軍を支援してやってるのに〜〜!!」と、またもアピール。

sla2.jpgそこへ、国連から派遣された医師団がいて2人も医者のフリをしちゃう。
そこで盲腸の手術をやらされるハメになるんですけど、ここら辺はドキドキしちゃいますねー。
で、エメットがさりげなく胸をモミモミする相手の女性は、ダン・エイクロイドの奥様なんですよ〜(・∀・)
結局、2人はアフガンのゲリラに追いかけられてしまい、目的地まで徒歩で入っていく。
気がつけば、ソ連の最新鋭ミサイルがそこに!!

アフガンは、冷戦時代が起したパワー・ゲームに巻き込まれたような地。
パキスタンも冷戦終結と共に、アメリカから使い捨てられたようなものですしね。
ソ連がアフガンから完全に撤退したのが1989年ですから、この作品が作られた頃は緊張が続いていたんです。
だからこそ、米ソのお偉いさん方は単に卓上でパワーゲームにいそしんでいるだけ・・・という皮肉にも取れるラストに苦笑。
しかも仲良く楽しげに。
実はそうやって仲良く冷戦の緊張感を演出してるだけで、ゲーム感覚で他国を巻き込んでいるんじゃないか?なんて風刺とも取れます。

モスクワ・オリンピックもボイコットし、冷戦がピークに達していた頃の作品を今観てもピンとこない人もいるでしょう。
もっとも、その後はソ連の崩壊で冷戦が終わり、中東を巡るアメリカの事情が大きく変りましたから、時事ネタは新鮮じゃないと・・・ってところですね。

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2007年05月19日 映画あ〜さ行 1980年代 トラックバック:0 コメント:0

ザ・バニシング - 消失 -

ザ・バニシング-消失-1988年オランダ=フランス
監督:ジョルジュ・シュルイツァー
出演:ベルナール=ピエール・ドナドュー、ジューネ・ベルフォーツ、ヨハンナ・テーア・スティーゲ

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリ>
フランスへ旅行にきたレックスと恋人のスサキア。
途中で立ち寄ったガソリン・スタンドの店で、飲み物を買いに行ったスサキアが突然姿を消した。
何の手がかりもないまま、3年が経った。
レックスはTVに出るなどして、スサキアを探し続けていた。
ある日、レックスの元にスサキアの手がかりを知る者から連絡がきたのだった。


※ネタバレありの記事です。

この映画のリメイク「失踪」はキーファー・サザーランドを起用し同じ監督により作られたが、作品としてはこちらのオリジナルが断然上。

残念ながら・・・というか、私はリメイクの「失踪」を先に観てしまったので、このオリジナルを観る時にはすでに結末を知ってしまっていた。
リメイクの方はハリウッド的娯楽を取り入れざるを得なかったためか、ラストは変えてあるのだけれど、たぶんラストはオリジナルとリメイクで好みは別れると思う。
私はですね、ラストに手を加えすぎたへタレなハリウッドのリメイク版はわざとらしくて嫌ですねー。

こちらのオリジナルは、全体に静かで地味なのだけれど、静かさの中の恐さはヨーロッパ特有の雰囲気が手伝って、充分に伝わってくる。
変に音楽で演出していない分、レックスの喪失感が滲み出てくるのだ。
犯人は異様な雰囲気を感じることもない、極普通の家庭を持った良き父親。
なにやら、やけに細かしい几帳面な性格で物事を哲学的にしちゃうタイプ。
女性を誘拐するという行為の先にある、とても残酷な行為を行う根拠が「娘が自分をヒーロー」として崇めているため。
要するに、「正義の自分」を存在させるためには「悪の自分」も存在しないといけない・・・っつーこと。
光が存在するためには、暗闇の存在がなくてはならないっていう理論ですね。

そして、この犯人はレックスが3年経ってもスサキアを探し続けていることを知りその心理を巧みに突いて、更に理論を確固たるものにしようと企むわけです。
レックスの前に姿を現し、スサキアがどうなったか教えると持ちかける。
この映画は、犯人の性格と自前の哲学が融合した理論が根底にあり、緻密な計画も偶然には及ばない・・・という、良きにすれ悪しきにすれ、世の中はそういうものだって結論。
恐らく犯人にとっては、レックスがスサキアを探し続けていたことさえも偶然の産物だったのでしょう。

リメイク版とは違い、そういう不条理とも思えることは世の常であるという恐ろしさを決定的にしたのがラストだと思うんですよ。
「悪は滅びる」ということを信じて正義ぶってるアメリカとの違いが、リメイクを観るとよくわかる。
犯人はレックスを生き埋めにした後、何事もなかったかのように家族と楽しそうに過ごしている。

そして、レックスとスサキアが埋められてるであろう地面を縫うように映し出す映像。
レックスまでも行方不明になったことを報じる新聞。
いやぁ〜・・・恐いっ!残酷っ!
こっちのオリジナルを先に観てたら、きっと数日は落ち込んだと思う。
でも、サイコ・サスペンスとしては素晴らしい作品だと思います。


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2007年04月08日 映画あ〜さ行 1980年代 トラックバック:0 コメント:0