ダブリンバスのオスカー・ワイルド
1994年アイルランド=イギリス監督:スリ・クリシュナ−マ
出演:アルバート・フィニ−、ブレンダ・フリッカー、タラ・フィッツジェラルド、ルーファス・シーウェル
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
1963年のダブリン。
初老のアルフィー・バーンは、ダブリン市内を走るバスの車掌。
アルフィーは文学が趣味で、特にオスカー・ワイルドに傾倒していた。
そんな彼は、バスの乗客で若い娘アデルを見て、バスの常連客らで演じる、戯曲「サロメ」をやろうと決める。
アデルにはサロメ役を抜擢し、周りからはアデルに惚れたと思われたアルフィーだったが、実はアルフィーが密かに想っている相手はバスの運転手ロビーだった。
製作者のジョナサン・キャヴェンディッシュは、オスカー・ワイルドに関する映画を作りたいと思っていたそうで、オスカー像を重ねた男を主人公にして、この作品を作ったそうです。
映画の原題は、オスカー・ワイルドの作品名「ア・ウーマン・オブ・ノー・インポータンス」を文字って、「ア・マン・オブ・ノー・インポータンス」
日本では未公開、未DVD化。
オスカー・ワイルドはダブリンの出身ということで、舞台は1960年代のダブリン。ロンドンを彷彿させるニ階建てバスは、アイルランドのカラーである緑なんですねー。
主人公のアルフィーの相棒ロビー役には、「ホリデイ」でアイリスを泣かせた二股男を演じていたルーファス・シーウェル。
このロビーをアルフィーは、”ボジー”と呼んでいたんですけど、これはオスカー・ワイルドの恋人アルフレッド・ダグラス卿の愛称なんですよ。
いかに、アルフィーは自分をオスカー・ワイルドと重ねていたかがわかりますね。
アルフィーはそのオスカーの戯曲「サロメ」をバスの乗客らで上映しようとするんですけど、アイルランドはカトリック信者が多いところで、不道徳さにはとても厳しい。ダンスも不道徳とされていて、芸術に道徳も不道徳もない・・・とアルフィーは一蹴するんですけど・・・。
アルフィーの住む階下で肉屋をやってるカーニ−は、信仰に反する不道徳さに納得いかないんですね。
しかも、サロメ役に抜擢したアデルにアルフィーが恋をしたと思い込み、二人をくっつけようとアルフィーの妹と画策までする。
初老とは言え、文学の世界に浸ってるアルフィーは変わり者だけれど純粋で、後にいろんなことを目の当たりにして、ガックリしちゃう。
そして、自分を文学の世界にだけ閉じ込めてきたアルフィーは、今まで押し隠してきた「自分自身」を曝け出す覚悟を決めたんですねー。
それを失笑する人々と受け入れる人々・・・。
この作品のテーマが「寛容と自己発見」ということで、アルフィー自身とその周りの人々の関係によって、とても素朴に描かれていると思います。
今でも、現実とバーチャルの曖昧さがあり、バーチャルな世界に自分自身を置いてる・・・っていう人はいるでしょうからね。アルフィーは、芸術という世界こそがリアルな世界だったのでしょうが、現実に引き戻されたけれど、そこには人間臭い寛容な友情や愛情が待っていたということです。
さて、この作品には、「ハリー・ポッター」のダンブルドア校長演じるマイケル・ガンボンが肉屋のカーニ−、「ホーム・アローン2」で鳩のオバさんを演じていたブレンダ・フィニ−がアルフィーの妹、「チャーリーとチョコレート工場」で主人公の男の子のお爺さんを演じたデヴィッド・ケリーがアルフィーの友だち・・・と、豪華な顔ぶれでもあります。

ベルベット・ゴールドマイン
1998年イギリス=アメリカ監督:トッド・ハインズ
出演:ユアン・マグレガ−、ジョナサン・リース・マイヤーズ、クリスチャン・ベール、トニ・コレット
(´▽`)つ★★☆☆☆
<ストーリー>
1984年ニューヨーク、ヘラルド紙の記者アーサーは、'70年代初頭のロンドンでカリスマ的存在となった、ロック・ミュージシャンのブライアン・スレイドの追跡調査をすることになった。
ブライアンは'74年に暗殺されたが、それは自ら仕組んだ偽装殺人だった。
その後はスターの座を下ろされ、行方不明になっていたのだ。
1970年代の初めに現れたグラム・ロック。
その代表格デヴィッド・ボウイをモデルにした作品で、映画タイトルもボウイの曲名からきてる。
しかし、ボウイはこの作品を好ましく思わず、曲の提供を拒んだという経緯もある。
製作総指揮には、私が好きなアメリカのバンド=R.E.M.のヴォーカリスト、マイケル・スタイプが関わってることに驚き。
デヴィッド・ボウイも好きなアーティストなんですが、私はこのグラム・ロックのリアル世代ではないので、かなりグラム・ロックには疎いです。日本の場合、当時そのスタイルの影響を受けた・・・というよりも、後に影響を受けてきたであろうアーティストの出現は多いですね。
俗に言う、”ビジュアル系バンド”ではなく、代表的には初期の”ザ・イエローモンキー”や”すかんち”なんかが、そんな雰囲気でした。
ともかく、'70年代の初頭のグラム・ロックの誕生から埋葬(終結させる)までをブライアンの崇拝者だったアーサー自身と取材を通じて回想していくストーリー。
この作品は、グラム・ロックは性的革命提唱みたいな描き方をしてますが、当時アメリカでの「ラブ&ピース」な風潮でヒッピーなどに象徴される性の解放とやらとは違うんですね。バイ・セクシャルを全面に出してますが、そもそもケバケバしい化粧なんかして別キャラを仕立てて売り出した戦術みたな感じで、グラム・ロックはそういう音楽・・・っていう風に受け取ってもいいんでしょうかね?
デヴィッド・ボウイは、宇宙的なイメージで何にも囚われないことをメッセージしていたと思うんですけども・・・。
ボウイはいつの時代にもメッセージは発信し続けてきたわけで、この作品に於ける上面だけのミュージック・シーンには物足りなさは感じました。
もういい加減、ミュージシャンのセックスとアルコールとドラッグを描く作品にはウンザリ気味ですし・・・。まぁ、ブライアンを演じたジョナサンは美形だし、歌もそこそこ上手いですけど、声自体に色気が足りないかも。
そのブライアンとコンビを組んだカート・ワイルドはユアン・マグレガ−が演じ、かなりノリノリでステージ・パフォーマンスやってましたねー。
下半身までさらけ出して・・・ふむ。
こうやって、生まれては消えていくミュージシャンたち。
私たちにも10代の頃に夢中になったアーティストはいるし、思い出すにはちょっと恥ずかしいような、懐かしいような、そんな感じのアーサー。
行方不明になったブライアンの情報を知りたいと思いつつ、どこかで昔のままのブライアンを追い求めているんじゃないか?という風でもあります。
ところで、デヴィッド・ボウイは歳を重ねても尚色っぽいですね。


ダブル・ジョパディー
1999年アメリカ監督:ブルース・べレスフォード
出演:アシュレー・ジャド、トミー・リー・ジョーンズ、ブルース・グリーンウッド
(´▽`)つ★★☆☆☆
<ストーリー>
リビーは夫と一人息子マティと幸せな生活を送っていた。
ある日、夫と2人だけでセーリングに出たリビーは楽しいひと時を過ごしてたが、夜目覚めると夫の姿がなく、大量の血痕と血の付いたナイフが甲板に落ちていることに気付いた時、海上警察がやってきた。
警察は他殺だと断定し、リビーは保険金目的の夫殺害の容疑で逮捕される。
身に覚えのない夫殺しの罪で投獄されたリビーは、マティを預けている友人に電話をしている時、夫は生きていて3人で暮らしていることを知る。
「ドライビングMissデイジー」のブルース・べレスフォード監督が挑むサスペンス・・・ということで、ちょっと期待して観ました。
タイトルの「ダブル・ジョパディー」とは、合衆国憲法修正第5条の”二重処罰の禁止”のことで、アメリカでは同じ犯罪で2度裁くことを禁止しているということです。
この作品は超娯楽サスペンスアクション映画ならば良いんですけど、なんせ法律をキーワードにしている以上、どうしてもシビアに見ざるを得なくしているのがシラケさせる最大の要因。事件が起きて、さぁ!これは殺人事件ですよーという判断を下す判断材料がショボイ。
状況からして、どう見たって夫は死んだだろう・・・という推定にしか過ぎず、しかも保険金が動機であり妻のリビーが犯人だと決めつける点も。
ここでのツッコミどころは、あの大量の血は夫のものなのか?という説明がまったくない。
で、裁判もあっさりめに飛ばし、いつの間にかリビーは獄中の人に・・・。この時点では、夫は本当はどうなったんだろう?という疑問があった訳ですが、その疑問はあっという間に解消。
もっとも、「ダブル・ジョパディー」というタイトルからして察しはつくんですけどね・・・。
リビーは一人息子のマティを預けていた友人に電話するも、突然行方がわからなくなった。
刑務所の中から何とか連絡先を調べあげ、ようやく連絡がついたと思ったら、実は夫は生きていましたよー・・・という展開。
罠にはめられたことを知ったリビーは、ここで元弁護士の囚人に二重処罰禁止の法律があることを教えられるんですね。
リビーは6年獄中で過ごし、ようやく仮出所の許可が下りる。この作品の中心は刑務所の中ではないにしろ、少し駆け足過ぎるんじゃないかという感じがしました。
夫に裏切られた怒り、息子を想う気持ち、そして息子を取り返そうとする執念の描写が弱いんですよ。
これは全体通してそうなんですが、なんだか淡々と進んでいくんですよね。
仮出所して、まずは友人の所在を調べることから始めるんですけど、ここら辺から勢いだけの展開です。
最初に「法律がキーワード」と書きましたが、二重処罰禁止の法律を利用する着目点は面白いんですけど、そういう観点で見ていくと、リビーは映画のエンディングまでにどれだけ犯罪を犯してるかわかりません。
不法侵入、窃盗、既物棄損、詐欺、道路交通法違反などなど・・・。
保護監察官役にトミー・リー・ジョーンズが演じていて、まるで「追跡者」よろしくリビーを追いかける。そんなもん、警察に任せりゃいいものを保護監察官自らリビーの行くところ行くところ探し当てていくところで、それなら最初から捜査官役にしとけばいいじゃないか・・・と思ってしまいますね。
仮出所の規則を破った時点で、リビーの身柄は保護監察官の管理下から外されるはずなのに。
このトミー・リー・ジョーンズは渋めに演じていますが、保護監察官のトラヴィスの描き方も軽い。
気がつけば、リビーの果敢な姿と危機にも気転を利かすスーパーママぶりだけのお話になってましたね。
「ターミネ−ター」のサラ・コナーみたいなお母ちゃんになってるな、という印象でした。
ラストも想定内過ぎて萎えた。
逃走中に犯した犯罪の数々で逮捕されないんですかね?
アシュレー・ジャドのタフなママぶりならば「あなたのために」の方が好きですねー。

















