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オスカー・ワイルド

1997年イギリス
監督:ブライアン・ギルバート
出演:スティーヴン・フライ、ジュ−ド・ロウ、マイケル・シーン、ジェニファー・エイル

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
1885年、文豪オスカー・ワイルドはコンスタンスと結婚。
子供にも恵まれ、円満な家庭生活を送っていたが、カナダ人のロバートという青年と出会い、同性愛に目覚める。
一方では、「ドリアン・グレイの肖像」などの戯曲を発表し、名声を得る。
ある日、オスカーは、ボジーことアルフレッド・ダグラス卿という美青年に出会い、恋に落ちる。
しかし、ボジーの父親はオスカーに、ボジーと別れるよう命じる。


※ネタバレ含んだ記事です。

「サロメ」や創作童話の「幸せな王子」で有名な文豪、オスカー・ワイルドの半生を描いた作品。
脚本は「アナザー・カントリー」のジュリアン・ミッチェル。

o-w.jpgオスカー・ワイルドは1854年10月15日にアイルランドで生まれた。
女の子を欲しがっていた母親から女の子の服を着せられたオスカーは、女の子のように育てられたという話は有名。
それ故に物腰が柔らかい雰囲気だったことは、本人の写真を見ただけでも感じますね。
オスカーは普通に女性も愛することができる男性であり、同性愛者というよりはバイセクシャルに近かったのかな?と思います。

普通に結婚した後、ロバートとの関係で同性愛に目覚め、ロバートを仕事のパートナーとして従事させながら、若い男を漁るようになるオスカー。
そして、ボジーと出会う。
ジュ−ド・ロウが本当に美形なんですよねー・・・線も細いし・・・。

o-w8.jpgオスカーは一目でボジーに惹かれ、お互いに愛し合うようになるんです。
ボジーは若いツバメ・・・のようなんですけど、一応貴族ですからどこかオスカーよりもプライドが高い。
そしてボジーは、まるっきりツンデレなんですよ。
「もう会わない!!」と叫んで飛び出したかと思えば、「寂しかったよぉ・・・」なんてオスカーに甘える。
オスカーはそういうボジーに手を焼きながらも、離れられない。

o-w6.jpgなかなかボジーとオスカーが別れないものだから、ボジーの父親はオスカーを陥れんがために中傷し、それに対してオスカーは名誉毀損で訴えようとする。
しかし、当時のイギリスは同性愛はタブー中のタブーで、それ自体で犯罪になる時代。
ロバートは、名誉毀損でコトを荒立てるとオスカーは逮捕されると危惧し、家族のためにも国外に出るようにと促すけれど、オスカーはそれを拒んで、結局逮捕されてしまう。
そして、重労働2年の有罪判決が下された。
本当のところ、心からオスカーを尊敬し、愛していたのはロバートのようなんですねー。

o-w2.jpgさて、オスカー役のスティーブン・フライなんですけど、微妙に本物のオスカーに似てるんですが、オスカーから醸し出される色気はないのが難点ですかねー。
少々、歳食いすぎてる感じも否めず・・・。
無理に本物さんに似たっぽい俳優を使わなくても、この作品は成立したんじゃなかろうか・・・と思いますね。
残念なことに、映画の中のオスカーは「これで若い男にモテるって、説得力ないんじゃございませんか?」と、引いてしまいました。

イギリスに於ける同性愛に関しては、「モーリス」の中に「イギリスは人間性を否定する国だ」というセリフがあり、象徴的な言葉だと思います。
もっとも、人間性を尊重できていれば、アフリカやアジアなどを植民地にはしなかったでしょうからね。
そして階級制度が根強く、いくらオスカーの作品が評価されても階級には及ばない。
それらに対してオスカーは抵抗したのかもしれませんが、やはり失うものは大きかった。

o-w5.jpgこの作品は、オスカーの創作童話「わがままな巨人」のストーリーをナレーションで重ねているんですが、その物語とオスカーの姿がリンクするんですね。
その点はさすがはジュリアン・ミッチェルの脚本力だと思いました。
作品全体は、イギリス映画らしいなぁ〜という雰囲気で、まぁ悪く言えば取り立てて目新しさはないですね。

(←こちら、本物のオスカー・ワイルド)
出所後ボジーと再会したものの、すぐに別れたオスカーは「セバスチャン・メルモス」という名でパリで暮らし、1900年11月30日に短い生涯を閉じました。


ちなみに、この映画にはオーランド・ブルームも出てます。
o-w4.jpg

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2007年07月20日 テーマ別 ゲイシネマ トラックバック:0 コメント:0

プリシラ

プリシラ [MGMライオン・キャンペーン]1994年オーストラリア
監督:ステファン・エリオット
出演:テレンス・スタンプ、ヒューゴ・ウィーヴィング、ガイ・ピアース

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
ショーガールのバーナデット、ミッチ、フェリシアの3人のドラッグクィーン(女装のゲイ)は、オーストラリアの中部にあるリゾート地でショウをするため、シドニーから”プリシラ”と名付けたバスに乗り旅に出る。
ところが、バスの中でミッチには別れた妻がいて、バイセクシャルだと告白。
道中では、アボリジニと出会ったり、車の故障に見舞われたり、立ち寄った町でゲイへの偏見から罵声を浴びせられたりもする。


priscilla.jpgこの映画はテレンス・スタンプのオカマさんぶりが評判になる程で、私も今まで見たオカマさんの中で一番ステキなオカマさんだと思いました。
その評判ぶりを裏付けるように、ゴールデン・グローブ賞と英国アカデミー賞の主演男優賞を受賞。

映画の内容はと言えば、そのオカマさん3人がオーストラリアを旅するロード・ムービー。
赤茶けた大地の中を砂煙を巻き上げながら、バスは突っ走って行きます。
「マトリックス」でわんさか登場して、キアヌたちとバトルを繰り広げるヒューゴ・ウィーヴィングや「メメント」のガイ・ピアースがマッチョなオカマさん・・・っていうのも、充分観る価値はありますね。

priscilla02.jpgこの3人のショーでの衣装や化粧がキレイとか美しいとかではなく、とにかくケバイ(;´∀`)
これみよがしのショーガールなのだけれど、そのケバケバの化粧の下には様々な苦悩や葛藤を隠してる・・・という風にも取れてくる。
ゲイは都会でこそ生きる場所はあるけれど、田舎では差別や偏見に満ちている。
バスに差別をする言葉を落書きされるんだけど、でもそれを隠すためにピンクのペンキを車体に塗っちゃうあたりは、さすが。

Priscilla04.jpgこの映画は、それほどシリアスなドラマではなく、旅をするオーストラリアの風景のようにカラッとしている。
3人のキャラも個性的で、魅力的でもあるのが良い。
映像もインパクトのあるシーンも多くあり、中でもバスの上で着ている銀色の衣装が真っ青な空を背景になびくシーンは素晴らしい。
とにかく、赤茶けた大地と青い空に相応しいほどの派手な衣装で、さすがはアカデミー賞衣装賞を受賞しただけのことはあります。

3人が途中で出会う修理屋のボブは、なんだかイッちゃってるような日本人の妻に去られて、3人と旅を共にするのです。
その日本人の妻のピンポン玉は、なんと言うか凄いです(ノ´∀`*)
ちょっとHなので、ここでは詳細を書けませんけどね・・・。
priscilla03.jpg
オカマさんはタフだなぁ〜・・・っていうイメージがありますけど、劇中に「虐げられて強くなるのよ」というセリフがあり、その強さが人に元気を与えてくれる源なんだなって思えました。
この映画の見所は、なんと言ってもショーですね。
元気になれます。


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2007年04月04日 テーマ別 ゲイシネマ トラックバック:0 コメント:0

プルートで朝食を

プルートで朝食を2005年アイルランド=イギリス
監督:ニール・ジョーダン
出演:キリアン・マーフィー、リーアム・ニーソン、スティーヴン・レイ

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
アイルランドの小さな町の教会に捨てられた赤ん坊。
その子は近所の家の養子となり、パトリックと名付けられ、少し風変わりな子として成長。
やがて青年になったパトリックは、自分の名を”キトゥン”だと誇示し、ゲイであることを隠すことなく振舞っていた。
1970年代のアイルランドは独立運動が盛んになり、キトゥンの仲間のひとりも革命というものに傾倒していた。
そんな中、キトゥンは実の母親をロンドンで見かけたという人の話を聞き、母親を探すためにロンドンへ向かう。


「インタビュー・ウィズ・バンパイア」などの作品を手がけたニール・ジョーダン自身もアイルランド出身。
近年の中で一番混沌としていた時代の北アイルランドを舞台に、まるで物語を読み進んでいくようなチャプター付きの構成で、ひとりのゲイの半生を描き出している。

pt2.jpg冒頭、ベビーカーをしゃなりしゃなりと押しながら散歩しているキトゥンが映し出され、そこから時が遡って、赤ん坊のキトゥンが教会の玄関先に置いていかれるシーンへと移る。
バックには「シュガー・べィビ・ラブ」の明るく爽やかな歌が流れる。
この辺で映画全体の雰囲気がどういった感じなものか、読み取れるようになっているんですねー。
それに沿うかのように、キトゥンは子供の時から女の子のような格好をしたり、メイクしたりしては、養母からこっぴどく叱られたりもするんだけど、まっく悪びれない。
「自分はゲイなのかも・・・」と悩むことなく、青年になってもアッケラカンとしている。
逆に、学校の先生に「性転換手術の優れている病院を教えてくれ」などと平気で訊き、先生から耳を引っ張られながら教員室に連れて行かれてもアッケラカン。
言い換えれば、とっても能天気なオカマさん・・・という感じのキトゥンなのです。

pt.jpgキトゥンの仲間がアイルランド共和軍(IRA)の活動に参加するというご時世で、社会情勢は混沌としている。
そして革命を成さんとする人たちの「真剣(シリアス)」という言葉の連呼に、キトゥンは嫌悪感を示す。
たぶん、キトゥンというキャラは、そういった状勢の対極な要素なのかもしれません。
それともうひとつ、キトゥンが嫌悪感を示す言葉に「身の程知らず」がありますけども、枠に囚われない自由人としてのキトゥン・・・それが後に進んでいく物語に如実に表れていきます。
でも、たったひとつ目指していることがある。
それは母親を探し出すこと。

pt4.jpg映画の中心は、キトゥンがロンドンに出てから。
まぁ、本当に様々な人と出会い、トラブルに巻き込まれていくんですねー。
で、なぜかキトゥンは善きにつけ悪しきにつけ、向こうから声をかけられやすいタイプなんですね。
ロンドンという大都会に出ても、クネクネ歩いて好奇な目でも見られるんだけれど、そんなことは気にしない。
「これが私なのよ!」ということを自分でちゃんと受け入れてるし、母親を探し出すんだ!という信念に揺らぎがない。
けっこうこの辺はなのです(;・∀・)
前を向いてれさえすれば、そこには道が開ける・・・という風でかなり前向きなキトゥン。

pt3.jpgキリアン・マーフィー演じるキトゥンは、一歩間違えると気持ち悪いオカマさんになりそうなほど、わざとらしくクネクネしていますけど、「これぞオカマさん!」の王道を行ってるかもしれませんねー。
キトゥンの女友達のチャーリーとの友情はホロッときました。
「シンドラーのリスト」のリーアム・ニーソンはどこか物寂しげな雰囲気の神父役で出ております。

そういえば、タイトルの「プルートで朝食を」は流れ者ライダーがキザに語った話から来てるんですね。
プルート=冥王星のことですけど、奇しくも太陽系惑星から降格しちゃいました。
そんな太陽系から外されたプルートで朝食・・・ってのも、なんだかキトゥンにマッチした感じ。
この映画の製作当時は太陽系惑星であったので、そういう意味で用いてはいなかったんでしょうけど、今はそのタイトルが凄く深い意味合いに感じるから不思議なものですね。


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2007年02月26日 テーマ別 ゲイシネマ トラックバック:0 コメント:0