フランスの友だち
1989年フランス監督:ジャン・ルー・ユベール
出演:リシャール・ボーランジェ、アントワーヌ・ユベール、ジュリアン・ユベール
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
第二次世界大戦終結間近の1944年8月。
フランスのある小さな村では、アメリカ軍歓迎の準備で慌しかった。
アントワーヌ、ジュリアンの兄弟とギャビーの少年3人は、村にやってくる一連隊を見つけ、アメリカ軍がやってきたと村に戻り報告する。
しかし現れたのはドイツ軍で、村人たちは逃げ惑い、村長は銃殺されてしまう。
3人はこの惨事に驚き、村を飛び出す。
途中で盗みに入った農家の主人にギャビーが捕まり、残ったアントワーヌはジュリアンと一緒に母親のいるリオンへ行くことした。
2人の旅に迷子のシェパード犬が加わり、次いでドイツの脱走兵と遭遇する。
「フランスの思い出」に次いで、監督が自分の実の息子アントワーヌと映画初出演のジュリアンを起用したことが話題に。
アントワーヌは少し大人っぽくなってますねー。
ボーランジェも再度の共演となった。
少年たちの思い違いとは言え、誤った情報を村人に言ったせいで、村はドイツ軍に攻撃されて惨事になった。故意にやったことじゃないけれど、少年の罪悪感は「逃げる」という結論に達するのは致し方ないかもしれない。
大人に叱られる・・・そのことから逃れるという感じだろう。
アントワーヌは制服を着たままだったので、見つかりたくない一心で他人の家の外に干してあった服を盗む。
そして、なんと女の子の格好をするんです。
それが似合ってて可愛いんですよ。
「ボクのママのところへ連れていってあげる」とアントワーヌはジュリアンに言います、ジュリアンは母親が夫と別れた後に生まれた子供で、言わばアントワーヌとは異父兄弟。
そんな2人の旅に、犬が加わり、そしてドイツの脱走兵に出会う。
負傷していたドイツ兵は、アントワーヌにあれこれ命令します。
しぶしぶ命令に従ってパシリをさせられるアントワーヌなんだけれど、なぜかそのドイツ兵にジュリアンや犬までもが懐いていてアントワーヌはおもしろくない。
そうやって傷が癒えたドイツ兵はアントワーヌたちが2人でリオンへ行くと聞き、その旅に付き合うことにした。
パルチザンやドイツ義勇兵に遭遇したり、頭の上をアメリカ軍の飛行機が飛び交ったり、アントワーヌがジュリアンに「親なし子!!」となじっては兄弟ゲンカしたり。
「4年も戦争をしているのに、まだ争おうとするのか!」とドイツ兵に叱られながら、それでも3人と一匹の旅はどこか温かい。
実はこの脱走兵は、アルザス・ロレーヌ地方の出身ということで、その地方はフランスとドイツのハーフが多くいる土地だそうで、脱走兵にしてみれば自分に流れている両方の血が戦争している・・・という立場なんですね。3人と一匹は、ある村に辿り着く。
しかし人気がまったくない。
「きっと皆逃げ出してしまったんだろう」と思い、村に残ってる食料やらワインなんかを頂戴しちゃう。
そして、ドイツ兵が村にある教会の中に足を踏み入れた時、惨劇を目にする。
その直後、突然旅を共にしてきた犬とドイツ兵との別れがやってきた。
とても辛く悲しい別れです。
アメリカ兵に保護された兄弟・・・泣きじゃくりながら、アントワーヌはジュリアンに「おまえはボクの本当の弟なんだよ、今までごめんね」と告げる。
このラストシーンは、私の心に衝撃を与えました。
敵か味方か・・・それで戦争は成り立ってしまうのだな・・・と。
そこが本当は一番恐ろしいところなんでしょうね。
こういった映画ほど、戦争の愚かさを痛感させられます。
それにしても、やっぱりボーランジェは(・∀・)イイ!!

欲望の法則
1987年スペイン監督:ペドロ・アルモドバル
出演:エウセビオ・ボンセラ、アントニオ・バンデラス、カルメン・マウラ
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
脚本家兼映画監督のパブロ。
彼には、若くてハンサムな恋人ファンがいる。
しかし、2人の仲は倦怠気味だった。
ファンが休暇で帰郷していた頃、パブロは青年アントニオと出会う。
アントニオはファンにはない個性と野性味を持ち、パブロは衝動的にアントニオと関係を持ってしまう。
パブロにとっては単なる出来事だったが、アントニオには初めての男性経験だった。
やがてアントニオはパブロに対して、異常なまでの独占欲がエスカレートしていくのだった。
「バッド・エデュケーション」のペドロ・アルモドバルの名を知らしめることとなった作品。
主人公の設定も「バッド・エデュケーション」と被るのですが、こちらの作品は全体的に濃い(;・∀・)
主人公パブロには、性転換したティナという「姉」の元兄がいる。
このティナは自分の父親と関係を持っていて、それがもとで両親が離婚。
性転換して父親の愛人になろうとしたが、あっさり捨てられ、「もう男なんか信じねぇよ!!」と、男不信になっちゃう元男・・・(((;-д- )=3
そして、ティナの弟であるパブロもまたゲイで、恋人と倦怠期中。
パブロは映画監督という一種華やかな職業だからか、けっこうプライドが高い。
一方、自分の親父のために性転換しちゃう元兄の姉は(ややこしい〜)愛のために一途になるほど、プライドには無頓着。
男不信になったティナは、女友達の子供を可愛がって自分を慰めてたりする、ちょっと可哀想な人。
そこへ、アントニオ登場!!

彼がまたカッコイイんですよ。
んで、パブロとのベッドシーンがあるんですけども、当時の私は面食らいました・・・ちょっと露骨でね(〃▽〃)キャッ
さすがは情熱の国スペインだけあるわねっ!と、変に納得する部分もあったんですが・・・ともかく衝撃的でした。
その後は、男版「危険な情事」のような展開。
アントニオは独占欲が強烈に強い人で、いくら倦怠期中とはいえファンの存在が許せないんですねー。
ところが呑気なパブロは、「やっぱファンは俺にとって大事な人なんだ〜〜」とようやく気づく。
しかし、気づくのが遅いのよ。
バックにはギターのかき鳴らすように弾く音楽がジャガジャガ流れ、映画の濃さを見事に演出(?)
どろどろな泥沼の恋愛模様が男同士の間で繰り広げられるのです。
恋愛の泥沼は、男女間だけではないのですわね。
この作品はそれぞれのキャラがきっちり描かれ、そして整理した感じで進んでいくので、思うほど難解ではありません。
ペドロ・アルモドバルは、「死」というものを通して、人間の愛憎を表現するのが得意のようですね。
「バッド・エデュケーション」と比較して、監督の中の変化と進化を見出してみるのも面白いですね。
ただ、「欲望の法則」のDVDを入手、又はレンタルは困難かもしれませんが・・・。

イノセント・ボイス 12歳の戦争
2004年メキシコ監督:ルイス・マンドーキ
出演:カルロス・バディジャ、レオノラ・ヴァレラ、ホセ・マリア・ヤスピク
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
1980年エルサルバドルでは、政府軍と反政府組織:FMLNとの激しい内戦下にあった。
11才のチャバは、父親がアメリカに去って以来家族の大黒柱だったが、12才になると政府軍に徴兵されるため、12才の誕生日がくることが怖かった。
住民たちは、銃撃戦が激しくなる外出禁止時刻や夕食時に突然銃撃戦が始まるとベッドに震えながら身を潜める日々を送っていた。
学校では政府軍に徴用され、トラックに乗せられ連れていかれる友だち。
そんな中、バスの運転手の手伝う仕事や母親の仕事の手伝いをして家計を助けていた。
しかし、学校内でも銃撃戦が起こり、学校は無期閉鎖されてしまう。
そして、チャバの住む地域も軍とゲリラに阻まれ、一家は祖母のいる川の向こう側へ移住する。
それから間もなく、チャバは12才の誕生日を迎えた。
アメリカに渡り、俳優をしているオスカー・トレスの自伝を基に映画化され、脚本もトレス自身が手がけた作品。

まずは、この映画を観るまで私は時間を要した。
なぜならば、楽しむために観る作品でもないし、好奇心で観るのも失礼だし、現実の問題として受け止め、「可哀想」という安易な気持ちで観ない覚悟を決めるまでに時間がかかったからだ。
そして、オスカー・トレスが何をこの作品で訴えたかったか・・・それは単に「戦争反対」という口先だけの平和論者のようなメッセージではない・・・それを汲み取り、推し量り、ようやくこの映画について語る覚悟ができた・・・ということです。
エルサルバドルの内戦の実情を知れば知るほど、アメリカ政府に憤りを覚えます。
イラクで展開していることと、ほとんど変らないこと。
アメリカがいかに軍事関与をしたら多くの市民の犠牲に繋がるか・・・それをまざまざと感じました。
まずは、エルサルバドルの内戦の発端・・・
1960年代中米で最も裕福な国だとされていたが、14の大富豪が全土地の60%を所有し、経済・政治までも支配し、貧富の差は極端だった。
1970年代、農民組合・共同組合・労働組合などの組織が発展するが、アメリカから支援を受けた「死の部隊」が虐殺や過酷な弾圧を加えていた。
アメリカ大統領カーターに、エルサルバドル独裁政権への軍事支援を行わないように要請したオスカル・ロメロ大司教が1980年に暗殺され、これを機にすでに活動していた反政府ゲリラの武装闘争が拡大、内戦へ突入。

映画では、アメリカ政府に対する告発的な部分は一切ありません。
ただひたすら、チャバという11才の少年を通して描かれている、日常や初恋、そして生と死。
人の死が日常化してくると、生きる意味などを問う余裕などない。
生き物の本能「生きたい」という欲求と不条理に殺されてしまう現実の狭間の中・・・という、私には到底想像もできない状況下なのです。
「何もしていないのに、どうして殺すの?」
と、チャバが処刑場に連行される冒頭のシーンでのチャバのナレーションが心にズキリと突き刺さりました。
後に報告された内容から、軍が直接行った虐殺としては20世紀の中では最も忌まわしい残忍な虐殺であったことが明らかとなった。
政府軍は、「今子供たちを殺さねば、大人になってゲリラになる」と言い訳しつつ、多くの子供たちを殺害していた。
しかし、アメリカ国務省は事件当時もその後もメディアとの共謀のもと、虐殺を否定し隠蔽し続けた。
1980年代、アメリカ政府はエルサルバドル政府に対して人権状況の改善を警告したとし、議会では人権は改善されたと述べ、世界に向けてアメリカの影響がなければ状態は更に悪化していたとアピールしていた。
奇しくもアメリカは、21世紀に入りイラクでも同じ行い、同じ言い訳をしながら軍事支援を拡大させようとしています。
「何もしてないのに、どうして殺すの?」チャバのその心の叫びは、虐殺された多くの子供たちの悲痛な叫びです。
生き残った子供も大きな心の傷を背負って生きていかなければならない。
オスカー・トレス自身、この内戦のことを振り返るまで長い時間を要したと語ったそうです。
内戦している国に対して他国は干渉できず、それが状況を悪化させてしまうのです。
国連も手を出せない。
そんな中で、子供たちは兵士として搾取され、一番危険な前線へと送られる。
アフリカの内戦も同じ。
子供は駒のように最前線へ送られ、大人の兵士の代わりに命を先に落としているのです・・・。
映画を語る・・・という観点から大きく外れたレビューになってしまいました。
スミマセン(-人-;)

メメント
2000年アメリカ監督:クリストファー・ノーラン
出演:ガイ・ピアース、キャリー・アン・モス、ジョー・バントリアーノ
(´▽`)つ★★★★★
<ストーリー>
保険の調査員レナードの家に何者かが侵入し、妻が強姦され殺害されてしまう。
その時に妻を助けようとして、レナードは頭を強打され、妻の死のショックも重なり、前向性健忘症という記憶障害を負う。
10分間くらいしか記憶を保てないレナードは、ポラロイドカメラやメモ、身体には重要な事柄をタトゥにして刻み、犯人のキーワード「ジョン・G」を追っていく。
封切当初は上映する映画館が少なかったが、次第に話題を呼んで全国各地で上映する映画館が増えた・・・という、業界が「話題」にする映画がいかにアテにならないかを示した作品であると言える。
この映画は、冒頭にポラロイドで写した写真が映し出される。それを見ていると、徐々に写真の画像が薄くなっていく。
この段階で私は一種のオープニングの演出だと思った。
しかし、それは映画の構成を示唆するシーンだったんですよね。
「この映画は時間が逆行していきますよ」と。
なので、普通なら「結末」になるシーンを最初に見せられる・・・ということなんです。
「じゃあ、結末知ってたら面白くないじゃない」という心配は無用。
登場人物の相関図がわからないことは、言わば謎だらけであり、どうしてこういう結末に到ったのか?というプロットがわからない以上、オチがどうであれ映画の全てを語れないのです。
物語というのは、「起承転結」で進むのが基本で、登場人物と主人公とどういう関係か?というエピソードが入っていく流れが通常。
そういう構成に慣れているからこそ、観る者は戸惑ってしまう・・・まるで連続ドラマを途中から観ている気分。
けれど、オチを知りながらも逆に謎だらけに感じるのだから、不思議なものです。
この映画は、「過去」のことが私たちにもわからない。「こいつは誰?」
「なんでここに来たの?」
そんな風に淡々と今起こっていることだけを見せられ、原因や根拠がわからない。
つまりは、レナードの記憶障害を疑似体験させられている。
ポラロイドの写真のメモなんかも、いつ書いて、どんな根拠で書いたのかわからない。
そこに書いてあることを信じていくしかない。
そして、時間が遡っていくのだけれど、構成的に前に見たシーンを頭の中で繋いでいかないと、ちょっと混乱するかもしれない。
だから映画を観る方も記憶力をある程度使わないと、話の流れが読めなくなる恐れはある。
そういう映画の見せ方は難解だけれども、謎解きが好きな人にはたまらない映画であることは間違いない。
特別なトリックもないのに、時間を遡ることで謎が生まれ、と同時に少し前の謎が解明される快感でたいくつしない。
しかしですねぇ〜、恐れ入りましたよ。結末で始まりながらも、時間を遡っていくに従って明らかになっていくことに驚いてしまうんですから・・・。
映画の最後になっている「事の始まり」が思い切りオチになっている感じ。
編集も素晴らしい。
そして、記憶と記録の関連性だとか、人間の「認知」と「覚える」との差もリアルに描き出していると思う。
思い込みなのに、確かな記憶だと言い張る人・・・いますよね?
こうやって、映画のレビューを書くのも記憶に頼ってたりしてますんで、どこかで記憶違いが起きている可能性もあるんですけどね(;・∀・)

悪魔の棲む家
1979年アメリカ監督:スチュアート・ローゼンバーグ
出演:ジェームズ・ブローリン、マーゴット・キッダー、ロッド・スタイガー
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
1974年11月、ロングアイランドのアミティヴィル。
雨の夜、ある屋敷で一家の長男が家族全員を射殺する事件が起きた。
逮捕された長男は、「家が命じた」と謎の言葉を残した。
それから一年後、ジョージ・ラッツと妻のキャサリーンは、破格の安さでその屋敷を購入し、一ヵ月後に引っ越してきた。
そして、その一家には不可解なことが次々起こるのだった。
※ネタバレ含んだ記事です。
「アミティヴィル・ホラー」というノンフィクション本を基に映画化。
実際に体験した一家の話だということと、オカルト・ブームに押されて大ヒットした。
いかにも人の顔のような家が印象的で、見方によっては「ハロウィーン」のカボチャみたいな顔にも見える。そんな屋敷に一家殺人事件が起きる。
それ自体が恐ろしい話です。
それからわずか一年後に、ラッツ夫妻が不動産屋に案内されて家を見に来る。
事件のことを知っているのに、よせばいいものを購入しちゃうんですねー。
1979年制作のオリジナルの方は、直接的な悪魔の描き方はしていない。
あくまでも、そこに何かが潜んでいるような雰囲気を前面に出している作品。
末の娘が「お友だち」と呼んで遊んでいる子は、勿論姿は見えない。
今では、この「姿なきお友だち」と子供・・・という設定はよくあるけれど、約30年前はさぞかし恐ろしく感じただろうと思う。
おもむろに、風が部屋を通り抜けたり、冬なのにハエが大量発生したり、やたら寒がってみたり・・・オリジナルは全編に渡って、「何か変だよ」みたいな出来事が繰り広げられる。人間って想像の中で勝手に怖いものを仕立てていける生き物であるから、観ている個々が想像の中でビビっていくように仕掛けられていく。
特に西洋人にとって「悪魔」は絶対的な悪であり、ともすれば神よりも力があり、自分たちを苦しめると信じているので、神父すら怯えるあの人面の家が強烈に怖く感じただろう。
日本人の怖さの価値観も「何か出そう・・・」という雰囲気だったりするので、意外と怖さが合致してたと思うんですよ。
ただ、日本人は「何か出そう・・・」と思って身構えていたところに、何やら見えたりすると怖さの頂点になるので、残念ながらこの作品は中途半端な感じを受けてしまう。
怖そうなシーンと言えば、壁や階段から血のような液体がタラタラ流れ出してきた程度ですからね。まぁ、出演者のビビったり、驚いてる顔で恐怖心を煽っている点では力作とも言えますが・・・。
妻のキャサリーンを演じるのは、「スーパーマン」でお馴染のマーゴット・キッダー。
彼女がピンチになるとスーパーマンが飛んできそうで、なんで彼女をキャスティングしたのか?とも思いましたよ。
驚く表情はお手の物な彼女ですけど、眉間からオデコにかけてのシワが般若みたいで怖かった(;・∀・)
そして、ジョージの表情がだんだん異様になっていく様は凄かった。
何かに取り憑かれた感じで、斧を振り上げて家族を襲うシーンなんて「シャイニング」みたいだぁ〜!って思ったら、「シャイニング」の方がこの映画よりも後の作品だったんですねー。

まぁ、後にこの作品の基になったラッツ一家の恐怖体験は実は作り話だったことが明らかとなった訳ですが・・・。
「なぁ〜んだ」ってことにもなりますけれど、心霊的には殺人の起こった家は良くありません。
ネガティブなエネルギーが集まってくるし、でも必ずポルターガイスト現象が起こる訳でもありませんからね。
家のローンの資金繰りが大変で夜逃げしたんだ・・・という話らしいですけどもね。

穴 / HOLES
2003年アメリカ監督:アンドリュー・デイヴィス
出演:シガニー・ウィーバー、ジョン・ヴォイト、シア・ラブーフ、クリオ・トマス他
(´▽`)つ★★★★★
<ストーリー>
ひいひい祖父が豚を盗んだせいで代々呪われてツキがないと嘆くイェルナッツ家の4世スタンリー。
ある日道を歩いていると、空からスタンリーに向かって靴が落ちてきた。
ただの落し物だと思って拾ったスタンリーだったが、その靴は施設に寄付されたメジャーリーグの有名選手の愛用した靴で、スタンリーが盗んだと思われ逮捕されてしまう。
スタンリーの父親は、靴の臭い消しの研究がうまくいかず弁護士を雇うお金もなく、裁判で18ヶ月間「グリーン・レイク・キャンプ」という更生施設で過ごす判決が下される。
そこは、女所長や指導員の下で毎日穴掘りをさせられる場所だった。
アメリカで大ヒットした児童文学の映画化で、原作者であるルイス・サッカーが映画の脚本も手がけている。
この原作本のファンだというシガニー・ウィーバーが、とぉっても陰険な女所長役で登場。
監督自身も家族と共にカメオ出演し、監督の父親がスタンリーの祖父役で出ている、何ともアット・ホームなエピソード付き。
この作品は、最初DVDのパッケージと「冒険ミステリー」というジャンルからして、子供向きの単純な映画だと思ってまったく期待せずに観た。しかし、これは大人が観ても充分に見応えのある映画だった。
で?これが日本では未公開だったってぇ!?
正直、同じディズニー社の映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」よりも質が良い映画だと思った。
この映画では海賊も魔法も便利な道具も出てこないし、水が干上がった場所で砂埃にまみれながら穴を掘る映画。
どこが冒険なんだ?・・・・と思うなかれ、この映画は時空を越えたドラマなのだ。
まず、この作品には無駄がない。
主人公はスタンリー・イェルナッツ4世という名が付いてるゆえに、父親も祖父も「スタンリー・イェルナッツ」なのだが、日本語ではわからないカラクリがある。
Stanley Yelnats
逆から読んでも同じスペルなんですねぇ〜( ´∀` )b
名前からして凝ってるし、全てのシーン、全てのセリフがどこかに繋がっていく伏線となっている作りが素晴らしい。
そして、これが単なる子供向けの作品ではないところは、子供の犯罪や家庭問題、差別、暴力、死、信頼、友情などの要素が盛り込まれているという点。舞台が更生施設で、ともすればネガティブな雰囲気が全編に漂ってしまいそうだけど、最初は貧粗なスタンリーが徐々にたくましくなっていく姿が清々しい。
そして、なんで穴掘りをさせられているのか?という理由が明らかになるにつれ、欲深い話と悲しい話が背景にはあるということがわかってくる。
この辺は、大人向きのエピソードではあるかもしれないけれど・・・。
しかしですねー、本当によく話がまとめられてるなぁ〜と、ある種感動すら覚えましたよ。一見無関係な開拓時代の話が織り交ぜられてるけども、いやはや全てがラストに通じる伏線。
久しぶりに、ラストで心から震えがきました。
何なの?この映画!!
人との出会いとか、縁とかって、本当に素晴らしいことなんだなぁーって改めて思えました。
なのに日本ではあまり知られた映画じゃないんですよね・・・。
この映画は多くの人に観てもらいたいって思います。

ゼロ役のクリオ・トマスが可愛い♪
エンドロールも最後までちゃんと観てねー。

サイレントヒル
2006年カナダ=フランス=アメリカ=日本監督:クリストフ・カンズ
出演:ラダ・ミッチェル、ショーン・ビーン、ローリー・ホールデン
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
夢流病のように歩き回り、「サイレントヒル」と呟きうなされる娘のシャーロンをローズとクリストファー夫婦は心配していた。
そんなある日、「サイレントヒル」という街が実在することを知ったローズは、シャーロンを連れて車で街に向かう。
しかし、その街は30年前の大火災で多くの住民を亡くし、今は閉鎖された街になっていた。
サイレントヒルに向かう道中、ローズは事故を起こしてしまい意識を失う。
しばらくして意識を取り戻すと、シャーロンが車からいなくなっていた。
ローズはシャーロンを探しながら、灰の霧に覆われたサイレントヒルに足を踏み入れた。
※ネタバレを含んだ記事です。
ゲームが元になっている映画だということで、最初はほとんど観る気はしなかった。「バイオ・ハザード」も未だに観ていないんだけれども、恐らく映画に出てくる化け物はグロテスクだろうし、ショッキング・シーン満載だろうし・・・という理由で。
しかし、家族がDVDを借りてきた・・・仕方ないから、一応一緒に観てみるか・・・てな感じのノリで観始めた。
こんな私ですので、ゲームの「サイレントヒル」はまったく知らないし、見たことも勿論やったこともない。
あくまでも、『映画』のいち作品としてシッカリ観せてもらった。
まずは、サイレントヒルの白っぽい雰囲気と誰もいない荒んだ街並み、そして降り続ける灰の映像が美しかった。
何か秘密めいた感じ雰囲気の中、ローズがひとりで歩くシーンは幻想的でもあった。
でも、廃墟になった建物の中はありきたり。
ホラーなんかでよく用いられる、音楽で恐怖を煽るような手法ではなかったからか、それほどドキドキすることもなく、そういう映画とは一線を引いているような印象は受けたけれど・・・。
何か得体の知れない化け物は動きが独特で、気持ち悪さは余り感じなかった(ゲームのキャラクターだからか?)ショッキングなシーンもあったりはしたが、この辺は「エイリアン」なんかの映画並・・・と言ってもいい。
ミニスカのナース集団は、面白かった。
さすがは日本のゲームって感じで、看護士さんを使ってるのね(;´∀`)
あのシーンは、私の頭の中でマイケル・ジャクソンの「スリラー」が流れましたよ。
なんか、踊り出すんじゃないかと・・・(・∀・)
ストーリーはありきたりかと思いきや・・・。ローズの果敢な母親ぶりは斬新な設定でもないんだけれど、このサイレントヒルという街の暗い過去が明らかになるにつれ、日本的な「恨み」と「呪い」を感じさせる話になっていく。さながらローズは「鬼子母神」が如く。
そして、妙な閉鎖された街が舞台という単純な設定でもないことが徐々にわかっていく。
それはローズの夫と刑事がサイレントヒルの街に入り、ローズとシャーロンを探すシーンで何気なく明らかにしている。
なぜなら、灰が降っていないからだ。
この映画は、宗教を狂信的に信じていた住民に虐げられた少女の悲しい話が背景にある。「魔女狩り」なんてものが実際に西洋ではあったし、あのジャンヌ・ダルクも魔女扱いされ火刑にされたという歴史もあるので、誤った宗教的な煽りは本当に恐ろしい。
「悪魔にも正義はある」というセリフが印象的。
なんとなく、アメリカが大好きな「正義」を皮肉ってる風にも取れる。
ラストでローズとシャーロン、そしてあの女性の巡査が「煉獄(ニルヴァーナ)」の世界にあったサイレントヒルにいたことが明かされる。
「煉獄」とは、亡くなった後に地獄へも天国へも行けない魂が留まる世界らしい。
たぶん、仏教的に言えば成仏できていない状態かな?
彼女たちが迷い込んだサイレントヒルは、そういう世界の街だった・・・というオチなんですねー。
ローズは、車の事故ですでに亡くなってしまったんでしょうね。
死んだことを自覚していないローズは、まだ煉獄にいるんでしょう・・・。
可哀想なお話です。
思っていたよりも、化け物退治だけのお話じゃなかったのが良かった。
ところで、女性の巡査がカッコ良かったぁ〜♪

トレイン・スポッティング
1996年イギリス監督:ダニー・ボイル
出演:ユアン・マグレガー、ユエン・ブレンナー、ジョニー・リー・ミラー他
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
マーク・レントンは何度目かの麻薬断ちを決意するが、あっけなく麻薬を再開してしまう。
仲間のトミーは、恋人に振られ麻薬を始めたり、アリソンの赤ん坊が皆麻薬をやっている最中に亡くなり、慰めのために麻薬を打ったり。
ある日、レントンとスバッドが万引きで捕まり、スバッドは刑務所に入り、レントンは執行猶予になって本気で麻薬をやめようとする。
麻薬の禁断症状で苦しんだが、麻薬をやめたレントンはロンドンに出て不動産屋に就職をする。
そんな中、トミーは注射針からエイズに感染し、他の仲間はレントンの部屋に転がり込んでくる。
「シャロウ・グレイブ」に続き、ユアン・マグレガーが監督のダニー・ボイルと組んだ作品で、こちらはイギリスの若者の指示を大いに受けた。
麻薬中毒で荒んだ若者を描いた作品でありながら、ポンポンとノリの良いテンポで見せる編集を担当しているのも、「シャロウ・グレイブ」に引き続き日本人のマサヒロ・ヒラクボ氏。
正直言って、普通の平凡な暮らしなんてクソ喰らえ・・・的な暴走気味になる若者像はわからんでもないけれど、共感はできませんからねぇ〜・・・。それに「カッコ良い」とか「若さだな」とか簡単な言葉で語れるものでもない。
しかし、「これがリアルなんだよっ!」ということなら、逆にそこから目を背けてもいけないな・・・という感じで観ていました。
つまりは、背を向けてるヤツに背を向けては建設的ではないからだ。
しかし、本当にこいつらイタ過ぎ・・・。
もし近所にこういう奴らがいたら大迷惑なタイプってもんじゃない。
貧困だの失業だのと取り巻く環境が悪いから・・・なんて言い訳なんかも逃げの口実でしかない。
しかも、赤ん坊がいるのにラリってるなんて、観ていて不愉快になりますわな。
映画を観ながら、気分が悪くなってフラフラしそうになった。
だいたい、麻薬とかでヘロヘロの映画は苦手なんだけれど、この映画は極みな感じです。
この作品の舞台はスコットランドのエディンバラ。まぁ、映画の中でも「スコットランドは世界で最低な国だ!」と喚くシーンがあるように、どうもイングランドに対してコンプレックスがあるようなんですね。
それがスコットランドの若者にどういう影響を与えてるのかは定かではないけれど、自国に誇りが持てないっていう点では日本と同じかも・・・と思ってみたりした。
トイレの汚さはスコットランドの方が上かもしれんけれども(;´∀`)
まぁ、こういうどうしようもない若者が、ちょっと将来のことなんか考えたりすると、立ち向かおうとするか逃げるかなんでしょうね。レントンが最後になんとなく平凡でたいくつな生活も悪くないかも・・・という風に語るシーンで、私はやっとホッとしたわけですが。
正統派に更生していくんではないけれど、なんとなく自分が変っていくことが「生まれ変る」ということなんだろうなぁ〜という結びは良かった。
しかし、この作品に出てくるヤツは悩まないねぇ〜。
頭抱えてガチガチに悩んでいるよりは、大怪我しながら気づいていくことの方がステキなのかもしれない。
だから、イギリスなんかでは若者受けした映画なんでしょうね。
とことん、あっけらかんと描いているところも良いのかもしれません。
ところで、監督のダニー・ボイルはユアン・マグレガーに大金持たせますねぇ( ̄ー ̄)
ちなみに「トレイン・スポッティング」とは、麻薬中毒の症状が電車ヲタクなんかが電車のパネルみたいなものを盗む時の落ち着きのなさに似ているので、そう呼ぶんだそうです。

スリーピー・ホロウ
1999年アメリカ監督:ティム・バートン
出演:クリストファー・リー、ジョニー・デップ、クリスティーナ・リッチ、クリストファー・ウォーケン
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
1799年、ニューヨークの寒村スリーピー・ホロウで首なし連続殺人事件が発生。
科学捜査に懸けるイカボッド巡査は、事件の捜査のために派遣される。
村に着いたイカボッドは、南北戦争時に悪名をはせた首なし騎士が殺人を続けていると聞かされる。
この首なし殺人鬼は、教科書にも載っているくらいアメリカではメジャーな伝説だということで、このアメリカっ子なら誰でも知っている伝説をティム・バートンが独特な色彩の世界で描いた作品。

まずは、やはり”スリーピー・ホロウ”の何やら怪しげな雰囲気を絵画さながらの色彩で見せるあたりはさすが。
一応、「ゴシック・ホラー」ということになっているけれど、ホラーというよりも「ゴシック・ファンタジー」という感じ。
確かに、首がスパスパ飛んでいっちゃうので、この辺りは強烈な描写なんだけれど、伝説を映像にしたという点でエグイ感じではなかった。
この映画で怖さを期待していた人は物足りなかっただろうけれど、やはり監督がティム・バートンということで、私は予想通り。でも映像に関しては想像以上。
クリスティーナ・リッチも良いチョイスだったと思うし、ジョニーの回想部分で出てくる子役の男の子も良かった。
ホラーの怖さを期待しないで観れば、映画の美術的な醍醐味を堪能できる作品じゃないかな?とは思う。
さて、こういうゴシック風の時代に何気にマッチするジョニーですが、凄腕の科学捜査官・・・と思いきや、気が弱くて何度も失神してしまうキャラ。「科学捜査」と言いながら、なんか怪しげな装置を使ってみたりで、映画のポスターでニヒルなジョニーと「ゴシック・ホラー」で釣られちゃって観た方はお気の毒に・・・としか言いようがない。
この作品では、なんと言ってもクリストファー・ウォーケンでしょうねー。
あの役は、彼しかいませんっ!ってなイメージを裏切らずに怪演。
そして、さりげなく(?)「ハリー・ポッター」のバーノン叔父さんが出演してますね。
この頃は、かなりお太りになられていたようで・・・。
全体的にアメリカというよりはイギリスっぽい雰囲気で、幽霊を伝説にしちゃうのも幽霊好きのイギリスの名残りか?最近はやけにゴシック・ファンタジー流行のアメリカ映画界にあって、何気にこの映画は先駆けなのかもしれませんね。
ストーリーも可もなく不可もなく・・・。
魔方陣なんかが出てきたり、魔女も出てきたり、その手が好きな方は楽しめるんじゃないでしょうか。

フランスの思い出
1987年フランス監督:ジャン・ルー・ユベール
出演:アネモーヌ、リシャール・ボーランジェ、アントワーヌ・ユベール
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
母親が出産のため、9才の息子ルイはブルタニュー地方のルーアンスにいる母親の友人マルセルに預けられることになった。
実はルイの両親は離婚の危機を迎えており、ルイはそれを感じていた。
パリ育ちのルイは、何もかもが心細かった。
ルイを預かったマルセル夫婦も仲があまり良くなく、隣の家のマルチーヌという女の子にはからかわれる毎日だった。
ネタバレ含む記事です。
ルイを演じるアントワーヌは監督の実の息子で、とても可愛い♪そしてフランス映画らしく、田舎の風景がとても美しい作品。
子供にとって見知らぬ土地、見知らぬ人のいる場所で、親から離れる寂しさ以上に心細いもの。
そんな境遇に置かれてしまうルイは、繊細で大人の顔色を覗うようなタイプの男の子。
とてもじゃないが楽しい田舎生活と、ウキウキしている状態ではない。
食卓に乗せるウサギの皮を剥ぐ様子にもショックを受け、マルセルの家の裏にあるお墓にビビったりもする。
でも、何と言ってもマルチーヌという女の子とのエピソードが良いのです。マルチーヌもまた、幸せ満点な家庭の子ではない。
けれども、ルイとはまったく対照的で明るく強気に振舞っている。
そんなマルチーヌにルイはタジタジ・・・。
マルチーヌがルイのパンツの中にウナギを入れちゃって、それでルイはワーワー泣きまくる・・・そのシーンは結構私のお気に入り(*´∀`*)
そして、ルイはマルセル夫婦の辛い過去を知っていく。実はマルセルは、難産の末に子供を亡くしていた。
そうやって大人は自分たちの辛い出来事を隠しながら、表向きには何事もないように何とか振舞っていることに、ルイは不信感を抱く。
その不信感はルイにとって、たまらなくショックなことだったに違いない。
しかし、マルセルの夫から子供の話を聞かされ、その辺りから徐々に2人の間に情が通い始めるのです。
リシャール・ボーランジェは武骨そうでいて、でもどこか温かさを感じることができて、安心感を漂わす好きな俳優です。「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」に近いお話ですけども、マルセル夫婦の絆も絡め、ルイを通じて夫婦のすれ違った関係がほのかに希望を見出していくことを感じさせるラストもなかなか良い。
母親がルイを迎えにきた頃、ルイはちょっぴり大人になり、そして村を離れることを寂しく思うんですねー。
あんなに心細くてプルプルしていたような子が・・・。
帰っていくルイを見送るマルセル夫婦の姿が印象的で、ルイとの出会いが夫婦関係の再生へと繋がっていく。
まぁ、ルイを通してマルセル夫婦も描いた・・・という話でしょうけども、焦点が分散してしまったかな?という点は否めず。
それでも全編通して、温かさを感じる作品です。
それにしても邦題の「フランスの思い出」って不思議なタイトルですよねぇ〜、考えたら・・・。
フランス人のフランス国内でのお話でフランスの思い出って・・・(;・∀・)

エターナル・サンシャイン
2004年アメリカ監督:ミシェル・ゴンドリー
出演:ジム・キャリー、ケイト・ウィンストレット
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
恋人同士だったジョエルとクレメンタインは、バレンタインの直前に別れてしまった。
ある日、ジョエルのもとに「クレメンタインは、あなたの記憶を消し去りました」という手紙が届く。
自分のことを消し去ったことにショックを受けたジョエルは、ラクーナ社へ出向き、自分もクレメンタインの記憶を消そうとする。
観る前はもっと甘ったるい映画なのかと思ったけれど、それほどでもなかった。
話はほとんどジョエルの記憶の中のお話で、時間軸があっちへ行ったりこっちへ行ったりする割には、私はさほど混乱はしなかった。
チャーリー・カウフマンがお得意とする(?)脳内探訪の話からか、随所に伏線もあり、それが巧みに繋がっていくというところに尽きるだろうけれど。
ただ、どうしてもジョエルの脳内にいるクレメンタインはジョエルの主観だし、クレメンタインが外に置かれているという感じで、感情移入ができなかった。そもそも、性格的にクレメンタインがジョエルの記憶を消そうと衝動的に決意したにせよ、それを共感できるはずもないので・・・。
その「記憶抹消」を自分から進んで行い、特定の人物に対してのみ適応させるという発想は面白いんだけれど、「忘れたい」ということに対し「忘れる」のではなく「消し去る」という非人情的な思いに到る点が私の中では納得できないんですけどね。
それに、記憶から消された対象人物に手紙でお知らせなんかすんなよっ!とツッコミ、記憶を消した後に会話テープも送るなよっ!と更にツッコミ。すっかり忘れたのに、ゼロからスタートさせてあげないなんて意地悪な映画ですよ。
忘れていた嫌なことをわざわざ思い出させられることほど嫌なことはないって、記憶を消されなくても迷惑なことなのに・・・。
しかし、この作品は「好きだった相手のことを忘れるために記憶を消したんだ」という記憶すら残ってなかったことを教えられ、結局バツの悪い会話テープをお互いに聞かされ、それが始まりになっていくのは洒落ているかもね。
この映画でのジム・キャリーはおちゃらけを封印し、女にフラレた物寂しい男を演じ切っていたのに驚き。しかし、イライジャ・ウッドの役は彼じゃなくても良かったですね。
そして、ジョエルの記憶を抹消する作業をしている時、バカ騒ぎをしているシーンなんかは正直シラケてしまった。
ジョエルが無意識のうちにクレメンタインの記憶を消されることに抵抗していることは、実はこの映画で大事な部分だと思うのに・・・。
衝動で記憶を消す人間と他人の記憶を軽んじて扱ってる会社という図式みたいで、不快感を抱かずにはいられなかった。
ジョエルの記憶が遡っていくという描き方や、幼い頃の記憶まで混在しているという人間の記憶を恋愛を絡めて描いている発想は良いのに、実にもったいない気がした。
ところで、面白いことに、日本のDVDなんかのパッケージはいかにも恋愛ものというイメージを前面に出しているのに対し、アメリカの映画ポスターからはそういう恋愛というイメージがまったくないことです。
映画宣伝戦略の違いが垣間見れますね。

↑
ロマンチックな恋愛映画だと思えます?
ジム・キャリーゆえにコメディっぽさを期待させてるみたい。

妹の恋人
1993年アメリカ監督:ジェレマイア・S・チェチック
出演:ジョニー・デップ、メアリー・スチュアート・マスターソン、エイダン・クイン
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
幼い頃に両親を亡くした兄妹ベニーとジューン。
神経過敏で精神の安定を欠くジューンをベニーは親のように面倒を見ながら一緒に暮らしていた。
精神科医からは、ジューンを専門家のいる施設に預けるよう勧められたベニーだったが、決心がつかずにいた。
ある日、友人の家でポーカーに負けたベニーとジューンは、賭けのツケで友人マイクの家に居候しているマイクの従兄弟サムを引き取るハメに。
サムは読み書きもできず、口数の少ない風変わりな青年。
そんなサムをジューンは気に入り、精神的にも落ち着いていく。
今やジョニー・デップ人気によって、この作品の知名度がここにきてアップ。
私と言えば、この映画が登場した頃に一風変った役柄のメアリー・スチュアート・マスターソン目当てで映画を観たクチ。
ジョニー・デップは「シザー・ハンズ」以来だったけれど、相変わらず口数が少なく、動作で魅せる役柄だなぁ〜という印象を受けた。
この映画の魅力は、ジューンとサム。会話によるコミュニケーションに頼らず、お互いが惹かれていく様は観ている者の心をほんわかさせてくれる。
神経過敏なジューンの心を穏やかにするサムのキャラは、思っている以上に難しいだろうと思う。
そして、ジョニーはチャップリンのように哀愁を漂わせながらコミカルに動くということを更に飛躍させた映画だったと思う。
まぁ、この頃はまだ今ほどコミカルな演技をノリで行ってない感じで、パントマイムも卓越はしていなんだけれど・・・。
でも、チャップリンよろしく、パンをフォークで突き刺してダンスさせるシーンはなかなかのもの。
そのシーンの時の表情は、今のジョニーに繋がっているなと思わせられる。
メアリーは自然体で演技する数少ない女優のひとりじゃないかと思うんです。ほとんど「素」なんじゃないかと思えるほどで、セリフの間の取り方が私は好きなんですよ。
彼女が笑うシーンでも、その笑い方が感情を反映されていて、笑っている意味までも伝わってくるんですよねー。
サムのユニークな動作に最初は「おもしろぉ〜〜い!」という感じじゃなく、「何?何やってるの?この人は??」的な笑いから、徐々にサムに対して心を開いて一緒にいることでの安心感からくる笑いに変化している。
それが私たちに伝わってくるから、サムとジューンが素敵なカップルに感じるんですね。
こういう妹を面倒見るお兄ちゃんは、かなり人間的にもデキているということで、でもその真面目さから恋愛には不器用・・・というお兄ちゃんキャラはソツがない。何だかんだで、妹に彼氏ができて混乱しちゃってブチ切れる辺りも想定内。
しかし、引き過ぎず出過ぎずの演技でサムとジューンを引き立てている点はよかったと思う。
ジョニーとメアリーが個性的なので、その2人を前面に押し出しながらも、3人のハートフルなストーリーに仕立てている点もなかなかです。
このお兄ちゃんキャラをジョニーは後に「ギルバート・グレイプ」で演じるんですけれども・・・。
やはりそのお兄ちゃんも恋愛には不器用って感じで、設定が被っているなぁ〜と思うのはここだけの話です(;・∀・)
さて、この映画の中で印象に残っているのがジューンとサムがバスに乗ってるシーン。ジューンはバスの中で落ち着かなくなり、必死に発作を押えようとしている。
そんなジューンを落ち着かせようとするサム。
私にとっては一番切ないシーンだった。
映画にどっぷり浸かって観ていると、心からこの2人を応援している自分がいたし、2人の関係を成就させてあげたいっ!なんて思ってたから、戸惑うサムと同じ気持ちになっていた。
ところで、アイロンでパンをきれいに焼けるものなんでしょうかね?
まぁ、試そうとは思いませんが(;´∀`)

プライマー
2004年アメリカ監督:シェーン・カルース
出演:シェーン・カルース、デヴィッド・サリバン
(´▽`)つ★★★☆☆
<ストーリー>
エンジニアのアーロンとエイブは、仲間と共にオリジナル製品を行っているが、なかなかビジネスには結びつかない。
そんな時、エイブが画期的な装置を思いつく。
仲間から反対されるが、アーロンとエイブはその装置の実験に取り掛かり、途中でタイムトラベル装置を生み出してしまう。
2人は過去に戻り、株で大金を手に入れようとするが、ふとしたことによって未来に歪みが出てしまい、それを直すために再び過去へ戻るのだが・・・。
はっきり言って、本当に難解極まりない映画です。
序盤はエンジニアの専門用語がバンバン飛び交って、その段階で観ることに疲労してしまい、その後の展開も頭の中が「?????」の状態。
しかも、私は頭がかなりボワァ〜とした時に観たので、途中で挫けそうに・・・。
どうも、この作品は1回だけ観ただけではダメな映画のようで、変に負けず嫌いの私は懲りずに4回ほど観てみました(;´∀`)それでもかなりアバウトですが、少しはわかった・・・かも。
以下は私の憶測です・・・ネタバレとは違いますので、その辺はご考慮を。
序盤の仲間たちと専門用語で会話している内容は真剣に聞くまでもなく、序盤のどの段階で「ダブル」という、既にタイムマシンで戻ってきてるアーロンもしくはエイブなのか?ってことです。
同じシーンに見えても、オリジナルとダブルの行動をカメラが瞬時に何度も切り替えてる場面なんかがあります。
映像を見てると、光の具合が違っていたりして意識するとわかります。
それと、イヤホンの有無。ベンチに座っていたアーロンにエイブが話し掛けるシーンで、アーロンはイヤホンをしています。
その直後のカビに関して調べに行くシーンでは、イヤホンをしてなかったり、していたりの状態が混じっているので、これもオリジナルとダブルのシーンがごちゃ混ぜになって一連の流れに形成させているようですね。
あとはですね、アーロンの書く文字。
何度も過去に行っている内に、文字が書けなくなる弊害が表れます。
字をスラスラ書いているシーンは、少なくとも過去に戻った回数がまだ少ない段階であることがわかります。
そして携帯電話でも状況が読めるかな?
同じセリフであっても場所が違ったり、状況が違ったりしています。
ざっと見積もって、同じ日時にアーロンとエイブがそれぞれ5〜6人同時に存在していることになるんですね。他のタイムトラベルの作品と違い、遠い過去に戻ったりするのではなく、ほんの数時間前、数日前に戻る話なので混乱するんだと思う。
しかも未来には行けませんから、過去に戻ったらダブルは同じ経緯を辿る必要がある。
ちょっとでも違う行動によって結果が違ってくると、近い未来が変わってしまう・・・という、なんとも細かしい設定なんです。
しかし歪みが出てしまった。
それを何とかするために、アーロンは会話を録音し、行動を記録する。
だから会話を再生して聞きながら同じセリフを言うための「イヤホン」なのです・・・が、イヤホンをしていることで会話が違ってしまい、その後の状況も変ってしまった。
アーロンが仲間とバスケのコートにいるシーンで、相手に「ボディーガードみたいだなぁ」(だったかな?)と言われて、アーロンはバスケの試合を聞いているんだと誤魔化す。
その後アーロンがシュートを外した・・・それによって、録音されてる会話とどんどん違ってきている。
実際アーロンもエイブも混乱しているので、私たちが混乱するのは仕方ないかもしれません。
とにかく、観る人を選ぶ映画だな・・・とは思いますが、7000ドルでここまで作れるものなんだなーと感銘を受けました。
最近のハリウッドはマンネリ化してる感じですが、こういう作品が生まれるアメリカはまだまだ落ちぶれてないですね。
4回観ても、私の解析力の乏しさが露見・・・orz

恋愛適齢期
2003年アメリカ監督:ナンシー・メイヤーズ
出演:ジャック・ニコルソン、ダイアン・キートン、キアヌ・リーヴス
(´▽`)つ★★★★★
<ストーリー>
54才バツイチのエリカは劇作家。
週末、エリカの娘は30才以下の女性としか付き合わない63才のプレーボーイのハリーを海辺の別荘へ連れてきた。
別荘には誰もいないと娘は思っていたが、エリカが執筆作業のため突然やってきてハリーと鉢合わせする。
ところがハリーは心臓発作で倒れてしまう。
病院に搬送され、入院したハリーはなんとか病院を退院したが、体調がすぐれずエリカの別荘で療養することに。
ハリーの面倒を看るハメになったエリカは、次第にハリーに惹かれていく。
熟年のカップルの恋愛を描いたハートフルなラブストーリー。
いい歳をした男女の話なんて・・・と思いきや、枯れつつあってもキラキラした輝きを取り戻した男と女のキュートな映画ではありませんか!
「若い女の子としか付き合わないよ」とほざく、エロジジィ!と映画の冒頭では率直に思いました。そりゃ、女は若い方が良いに決まってますわなぁ〜と、男の願望そのままのハリー。
若い娘と海辺の別荘でウハウハな休暇♪・・・と思っていたら、お堅い劇作家エリカの登場!
離婚してからというもの恋愛からは遠ざかり、フェロモンすら喪失してしまったようなエリカは、ハリーにとって一番遠ざけたいタイプの女性に違いなかった。
そして、エリカの娘とお楽しみの直前に心臓発作で倒れちゃう。
この辺から、ハリーは自分の心臓と相談しなきゃエッチもできない状態に・・・挙げ句にはエリカと2人きりになっちゃうし。いつまでも若い女の子とエッチしたいハリーは、バイアグラを飲んで頑張っていたらしく、心臓のために服用を止められる。
哀れハリーは、ここで自分の老いた身体を受け入れなければならなくなった。
女性の監督らしく、センスの良い小物があったり、エリカの白っぽい服が海辺と別荘にピッタリで、見ていて心地良い。海岸で白い石を拾って飾っていくセンス、キャンドルを上手く使った演出、市場の赤いイチゴなどなど雑誌の一ページでも見るような感じ。
本当に全体的にオシャレな雰囲気で、熟年の恋愛を素敵に見せてくれている。
2人共老眼鏡をかけないと字が見えない・・・なんてくだりも面白く、お互いの老眼鏡を取り間違えて離れ、それが最後に味付けとなっている点もなかなか素敵なんです。
”老い”という事柄をさりげなくソースにして、それでいながら初恋のような初々しさが見ていても嫌味に感じない。
ジャック・ニコルソンは慣れない本気の恋に戸惑う初老を丸く演じ、チラッと見せるお尻がプリン♪(゜▽゜)ダイアン・キートンは大げさな演技で可愛いい。
恋に破れたショックでわーわー大口開けて大泣きするシーンなんて、絶品じゃありません?
メグ・ライアンも及ばずって感じです。
そして、思い切り脇役のキアヌ。
年上の女性に惚れる役が似合うんだよなぁ〜。
パリの橋の上のシーンなんて、絵に描いたようなロマンチックなシーンで久しぶりに映画でウットリしちゃいました。
ラストも凄く良い!
これほどハッピーな気持ちにしてくれるエンディングもありませんよ。
ラブストーリー映画の中でピカイチです♪

キャリー
1976年アメリカ監督:ブライアン・デ・パルマ
出演:シシー・スペイセク、パイパー・ローリー、エイミー・アーヴィング、ナンシー・アレン
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
メイン州チェンバレンのハイスクールに通うキャリーは、おどおどした物腰と地味な容姿で笑い者になっていた。
ある日、体育の授業後シャワーを浴びていたキャリーは初潮が訪れ、それがどんなことなのか知らないキャリーはパニックになり、それをクラスメートらがからかい騒ぎとなった。
家では、狂信的なキリスト信者で性を罪悪視し、肉体の成長は邪念の現れだと決め付けている母親は、17才になって初潮がきたキャリーに嫌悪感を示す。
そんな中、学校では生徒たちのダンスパーティーであるプロムの日が近付いていた。
ステーヴン・キングの処女作が映画化され、これによりキングの知名度を上げた作品。
俳優の選出は「スター・ウォーズ」のオーディションと一緒に行い、「スター・ウォーズ」に選ばれなかった俳優の中から選ばれた。
当時は駆け出しの若い俳優ばかりで、この作品の後に俳優としてキャリアを積み有名になっている。
ステーヴン・キング原作の映画の中で、私はこの「キャリー」が一番だと今でも思ってます。まだキングの名で映画にハクが付く前だし、CM出身の監督に無名な俳優ばかりで、売りが何もない中で枠に囚われない撮影方法を起用し、後の映画界に影響を与える映画となった。
しかも、キャリーを演じたのが映画スタッフの奥さんであるシシー・スペイセクで、26才だったシシーが高校生を無難に演じていたことも驚く。
映画の序盤、キャリーがシャワーを浴びているシーンは少しエロチックなんだけど、でも何かが起こりそうな予感を感じさせる。キャリーが持っていた石鹸が滑り落ちると、太股に血が流れていく。
ここのシーンは参った。
何と言うか、ここで初潮がきちゃったーっていう設定は参るでしょう?
戸惑うキャリーをからかうクラスメイト・・・そして、なんと言ってもこの映画でキャリーの惨めさを際立たせるのはキャリーの母親。
その母親のキャリーへの態度は学校での虐めよりも惨たらしいのだ。
生理について何も教えてくれなかった母親にキャリーは問い詰める。
しかし、母親は力ずくでキャリーを狭い部屋に閉じ込め、汚れた肉体を持ったことを神に許しを乞えと言う。
その時のキャリーは、まるで幼子のように「ママー!ママー!」と叫ぶ。
この2人のやりとりがあってこそ、この映画が成り立っていると言っても良いのです。
実はキャリーはとても可愛い(シシーが可愛いのだけれど)キャリーをかばってくれる先生から容姿を褒めてもらって恥ずかしそうにする表情とか、男の子にプロムの相手に誘われて戸惑ってる表情とか、本当にキュート。
映画が進むにつれ、キャリーの表情がキラキラしてくる。
この映画は単なるホラーでもないし、恐怖を煽る映画ではなくて、キャリーが女性として目覚める青春映画だと思ってます。
お店でルージュを試し塗りしているキャリーは、初めてのオシャレにウキウキしていて可愛い。
そうしてキャリーは、初めて幸福感を味わいます。
どんどんキラキラ輝いていくキャリー。
スローモーションでキャリーの嬉しそうな顔を映し出していく。
冴えない女の子がヒロインになり、ティアラを頭に乗せてもらう・・・そして、そのキラキラ輝く時間が一気に奈落の底に突き落とされる。
これほど一気に全ての雰囲気が急転するシーンは他にないんじゃないかと思う。
カッと目を見開いたキャリーの表情は、既に我を忘れて怒りに支配されている感じがよく出ていた。確かに異様な雰囲気だけれど、一方で哀しみも感じてしまうクライマックスのシーン。
画面をふたつにしたコマ割り・・・目を見開いたキャリーのアップとキャリーが送る視線の先で何が起きるのか同時に見せる手法ですね。
それがあるから、起こっていることがテンポよく展開していって、衝撃度も高くなったと思う。
で、ラストシーンですが、何度観ても飛び上がりそうになります(;´∀`)
わかっていても、ドキッッ!!
絶妙なタイミングなんでしょうねー、あれは・・・。

恋しくて
1987年アメリカ監督:ハワード・ドイッチ
出演:エリック・ストルツ、メアリー・スチュアート・マスターソン、リー・トンプソン
(´▽`)つ★★★★★
<ストーリー>
ボーイッシュな女子高生ワッツと幼なじみで内気なキースは友人同士。
キースは学校のマドンナ、アマンダに夢中だったが、アマンダには金持ちのボーイフレンドがいた。
しかしキースは、意を決してアマンダをデートに誘おうと考え、ワッツに相談する。
相談を受けたワッツは、釣り合わない相手だとキースに冷たく言い放つが、キースは思い切ってアマンダにデートの申し込みをする。
その時アマンダはボーイフレンドとケンカをした直後で、キースの誘いに応じる。
2人のことは学校中の評判となり、ワッツはキースの勇気を買って協力することになったが、ワッツは密かにキースに対して想いを抱いていたのだった。
脚本はジョン・ヒューズで、青春映画がハリウッドで盛んな時代だった中、群を抜いて若者の恋を瑞々しく描いた秀作だと言える作品。
この映画は、胸がキュンとなる若い恋を存分に感じさせてくれる(・∀・)キュンキュン
なんと言っても、ベリーショート・ヘアのメアリー・スチュアート・マスターソンが可愛いのです♪サバサバした彼女の演技がピッタリ合っていて、ボーイッシュなファッションもバッチリ!
その当時では日本で一般的じゃなかったルーズソックス(短めですけど)やアメリカン・ピアスだったりが新鮮で、人よりも早くピアスをしていた私は真似したくて更に2〜3箇所ピアスの穴を安全ピンで開けまくったほど、この映画のファッションに影響を受けたものでした。
でも、ワッツの男物のパンツをはいていたのは真似ませんでしたが・・・(;´∀`)
エリック・ストルツは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主人公候補になるも、「キャラが暗い」ということで降ろされた話は有名でしたが、その暗いキャラがこの映画で充分活かされたと思う。
絵を描くことが好きだけど学校で目立たず冴えない男の子で、妹にすらバカにされているキース。
そんなキースとワッツの組み合わせがとても良い。
そのワッツと対照的な位置にいるのがリー・トンプソン演じるアマンダ。
アマンダのファッションも素敵で、ミニスカートにウェスタンブーツっていう井手達は、今日本で流行っているような・・・。
この映画は、ワッツの片思いがいじらしい。キースがアマンダのことが好きだと知って、更衣室で男物のパンツをはいてるワッツがジィ〜っとアマンダを見つめる。
スタイルのいいアマンダを見ながら、ワッツはおもむろにお腹を引っ込めてみたりするシーンは、ワッツの気持ちを大いに表わしている。
キースにとってワッツは幼なじみだし、あまりにも身近過ぎて女として見もしない。
もう自分の頭の中では、女性はアマンダただひとり。
密かにキースのことが好きなワッツは、アマンダとデートするキースに予行練習だとか言ってキスの練習相手を買って出る。
そのキスシーンのワッツが本当に可愛い〜。
照れるワッツを茶化すキース・・・キースって天然な鈍感ぶりなのね。
でも、ラストに近付いてくると、鈍感なキースもようやく気づいていくんだけれど・・・。
物凄いお膳立てのデートも臭くなく青春映画らしくて、好感が持てる。初めてのデートって特別なんだよ〜っていう感じが(・∀・)イイ!!
そして、アマンダのボーイフレンドは金持ち=意地が悪いという図式そのまんまのキャラで、「なんだよ!こいつ」っぷり。
ちなみに、このボーイフレンドは「リバー・ランズ・スルー・イット」ではブラピの兄ちゃん役で、まったく違うキャラを演じてますね。
エンディングの曲「好きにならずにはいられない」も可愛くアレンジしてあって、ピッタリ♪
まだこういう青春映画を作る勢いがあった時代だったんだなぁ〜と、ある意味今のハリウッドに憂いてしまうのでありました。















