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エレファント

エレファント デラックス版2003年アメリカ
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ジョン・ロビンソン、アレック・フロスト、エリック・デューレン

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
オレゴン州ポートランド郊外にある高校。
ごくありふれた日常があった。
そこへ、いじめられっ子のアレックスは、親友のエリックと大きな荷物を持って、学校へ登校した。


コロンバインでの高校生による銃乱射事件を基にした作品。
2003年のカンヌ国際映画祭でパルムドール賞と監督賞を史上初のW受賞した。
この映画には、プロの俳優は大人の3人だけで、高校生はオーディションで選ばれた子ばかりです。
役名は彼らの本名を使い、セリフも脚本によるものではなく、大まかな設定のみでセリフはほとんどがアドリブだそうです。

zou4.jpg「ジェリー」が実験的な映画ならば、この作品はそれを発展させたものかもしれません。
ガスの監督作品で、しかもあのカンヌでパルムドールを受賞したとなれば、一筋縄ではいかない作品であろうと予測はできましたが・・・。
下手な演出をして「こう観ろ!こう感じろ!」と受動的になるよう観客を誘導する作品が多い中で、この作品は観客を能動的にさせる。

同じ題材を扱ったドキュメンタリー映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」がありますが、こちらは原因の追求と銃社会の問題提議とわかりやすい。
けれども、果たしてあの2人の高校生が取った行動に明確な原因はあるんだろうか?と思っていたところに、この作品です。

zou2.jpgこの作品では、高校生の本当に普通の様子と会話をカメラで切り取って観せています。
フレームから外れさせてる部分が多いのも、それを強調するためでしょうかね?
観ている私たちは第三者的な立場に置いて、なんでもないシーンを淡々と観せていく。
起伏もない日常をただ観せられて、「退屈になった」「眠くなった」という状態になります。
あくまでも「銃を乱射する2人の高校生」という先入観でアレックスとエリックを特別な目では観ますけど、他の高校生は「その他大勢」としか捉えないからでしょうね。
まさに、そこなんですよ。

監督が映画のタイトルに「エレファント」にした意味がそこにある。
つまり、簡単に言うと、「一部分だけ知っても全体を知るわけではない」というような意味合いでもあるそうです。
そんな退屈な日常が一転したからと、いつもなら気にも止めない日常に原因が溢れていると思い込み、詮索しまくってるけどわかるのか?ってことなんだろうと思います。

zou3.jpgそして、この映画では生徒の後姿のショットが多いです。
監督は観ている人に考える時間を与えるためという理由を言ってましたが、私は「ああ、学校って誰かの後姿をよく見る場所だったなぁ〜」ということを思い出しました。
教室でつまらない授業中、前の席に座ってるクラスメートの後姿をシゲシゲ見ていましたから。

事件の描写は身体の内側から寒気がしました。
映画のアクションものによくある銃乱射は続けてバンバン撃ってますけど、間を置いて響く銃声・・・その間が恐かった。
銃扱いのプロではないからこそ、撃つまでに間があくんでしょうね・・・すごくリアルに感じました。

自然の映像、特に空を流れる雲の映像はガスらしくて、とても美しかったです。
諸行無常・・・という世の摂理を感じる、雲の流れ。

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2007年05月30日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

フォー・ウェディング

フォー・ウェディング1994年イギリス
監督:マイク・ニューウェル
出演:ヒュー・グラント、アンディ・マクドウェル、クリスティン・スコット・トーマス

(´▽`)つ★★☆☆☆

<ストーリー>
チャールズは32才の独身男。
女性にはモテるのに、彼女たちが本当に生涯を共にする相手なのか不安で、結婚には逃げ腰。
ある日、友人の結婚式に招かれたチャールズは、そこでアメリカ人女性キャリーと出会う。
一目惚れをしたチャールズは、彼女の誘いに応じベッドを共にする。
しかしキャリーは翌日に帰国。
そして、再び友人の結婚式でチャールズはキャリーと再会するのだが・・・。


英国の貴公子の代名詞ともなっていたヒュー・グラントが、ラブコメの貴公子(?)へ一直線のキッカケになった作品。
今や優柔不断な独身男の代名詞・・・(-∀ー#)
脚本のリチャード・カーティスは11年間に65回も結婚式に呼ばれ、無駄にした土曜日への腹いせに脚本を書き始めたんだそうです。

fw4.jpgこの作品、アメリカでバカみたいにヒットしたお陰で、ヒュー・グラントの後の路線が決まってしまった。
まぁ、スキャンダルもあったりして、昔のようなシリアス路線には戻れない雰囲気。
もっとも、ヒュー自身はコミカルで冗談好きらしいので、彼とすれば等身大な役を演じてきてるんでしょうが。

さて、この映画は英国式冠婚葬祭が堪能できます。
邦題では「フォー・ウェディング(4つの結婚式)」だけですが、お葬式も原題では含まれています。
こういう冠婚葬祭は、その国や土地の習慣などが見れますね。
そういった意味では、いろんな形式の4つの結婚式は見ていて楽しめます。

fw2.jpgストーリー的には、アメリカ人のキャリーが誰の関係で結婚式に招かれていたのかが不明。
チャールズの友人関係とどう関わってる女性なのか、観終わってもわからず。
「今まで何人の男と寝たか」っていう人数はわかったけれども。
・・・というか、32人だったかの男と関係を持って、それをさも普通のようにチャールズに話すシーンで、まず私はキャリーに嫌悪感。
アメリカ人女性なら、そのくらい当たり前ということなのかは知らないけど、そんな話を淡々と聞かされてチャールズは戸惑うけど冷めたりせず。

fw5.jpgしかも再会した時は恋人まで同伴していたキャリー。
それでもチャールズはキャリーを諦め切れないって風。
どうもこの辺のエピソードってやっつけな感じで、「だからチャールズは惹かれている」という部分が弱すぎる。
映画は結婚をテーマにしているので、当然チャールズも結婚は考えてる。
だけど「生涯連れ添い切れるか?」というところで弱腰になってた訳で、32人もの男とドンドン寝ちゃう女は良いんですか?と。

fw.jpg結婚式と葬式で人間模様を描くっていう辺りは良いんです。
でも、そこに恋愛話を無理やり突っこんだのか、詰めが甘すぎです。
どうしてアメリカでウケたのかが不思議なくらい、独り善がりな脚本で感情移入ができませんでした。
アンディ・マクドウェルは、この映画でまったく魅力が出てませんでした。
残念ですねー。

ここまでなら星は1つになるところでしたが、葬儀の時に亡き愛する者へ捧げた詩が素晴らしい内容だったので、その詩だけで星1つ追加です。
同性の恋人を突然亡くし、地上では結ばれることができなかった彼への想いが伝わってきます。

ラストはへタレでお話になりません。
( ゚Д゚)ハァ?・・・ってな具合です。
4つの結婚式と1つのお葬式がオムニバスのように構成される発想は良いのに、その間を繋げていく恋愛物語は力不足でした。

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2007年05月30日 映画た〜は行 1990年代 トラックバック:0 コメント:0

日蔭のふたり

1996年イギリス
監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:クリストファー・エクルストン、ケイト・ウィンスレット、リーアム・カニンガム

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
19世紀末イングランド。
ジュ−ドは、石工として働きながら独学で大学進学を目指していた。
しかし、ジュ−ドは豚飼いの娘アラベラに誘惑され関係を持ち、後に妊娠したと告げられ結婚する。
ところが妊娠は勘違いだったと告げられ、間もなく結婚生活は破綻。
ある日、アラベラはジュ−ドを残してオーストラリアに旅立った。
一方のジュ−ドは、憧れの学生街クライストミンスターに移り、働きながら再び勉強を始めた。
その街で、ジュ−ドは従妹のスーと出会い、一目で彼女に惹かれる。


※ネタバレ含んだ記事です。

トーマス・ハーディの文学小説「日蔭者ジュ−ド」を映画化した作品。
時代に翻弄されながら愛を貫こうとする男女の物語・・・という触れ込みです。
この物語は時代背景や価値観、宗教といったものが男女の愛、または生き方を支配している中で苦悩しながらも信念を貫こうとしたがための悲劇といった物語。

jude.jpgさながら「昭和枯れすすき」の歌の世界ですねー(古過ぎ)
文芸小説ならではの展開で、イギリス独特のジメッとした感じが相まって、なかなか凄まじいドラマです。
好きで結婚したというより、仕方なくアラベラと結婚したジュ−ド。
結局2人は考え方や価値観が合わず、結婚生活は破綻しちゃう。
ところが時代的なのか宗教が理由なのか、離婚はしない・・・これが後に後を引くことになるんですね。

何をやっても、どこか挫折してしまうジュ−ド。
人生の様々な岐路で、自分で物事や後先をちゃんと考えていないんじゃないかと思えるジュ−ド。
結婚も結局は尻拭いだったし、インテリを目指すジュ−ドはアラベラがバカな女としか見れなかったのでしょうね。
だからこそ、洗練されて美しいスーに惹かれたのです。

jude3.jpgこの映画は男女関係が複雑化していて、その中で愛を貫く・・・と何ともカッコは良さそうですけど、世界は2人だけが生きてるんじゃないってことです。
どうしても社会の中で生きていかねばならない人間は、他者との信頼関係の中で成り立っていく。
その時代にそぐわない生き方を選択した場合、人一倍苦労しなくてはいけないことを覚悟しなくちゃいけません。
しかし、選択した当人は良いにしても子供は別の話。
実はアラベラはオーストラリアに行く時妊娠していて、ジュ−ドの子供を産んでいて、その子をジュ−ドが引き取ったことで悲劇が加速するんです。

jude2.jpg愛情もなかったくせに、アラベラとはやることはやってた・・・っていうジュ−ドには呆れましたが、スーとの間に2人も子供をもうける。
内縁関係で3人の子供がいるってことで、世間はそれを許さない。
逃げるようにあちこち転々とするジュ−ドたち。
一方で、アラベラが良いところの奥さん風に上品になってきてる対比も、ジュ−ドの惨めさを強調しています。
洗練されたスーは、疲れきった女性に変貌してるしで、見ていて落ち込んでくるんですけど、更に落ち込ませることが起きるんですね。
スーとジュ−ドの関係が終焉する決定的なこと・・・「僕たちは多すぎるから」と長男が異母兄弟を道連れに無理心中しちゃう。
あ〜〜〜!!このシーンは・・・哀しすぎる。
ジュ−ドは愛する者全てを失う・・・この哀れな男はこの先どうなるんだろう?と考えてしまいました。

この作品は、ケイト・ウィンスレットの体当たりの熱演で厚みが出てます。
「タイタニック」では、ディカプリオと同じで薄っぺらな印象しかありませんけど、この作品では天晴れ♪です。

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2007年05月29日 映画た〜は行 1990年代 トラックバック:0 コメント:0

誘う女

誘う女1995年アメリカ
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ニコール・キッドマン、マット・ディロン、ホアキン・フェニックス

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
ニューハンプシャーに住むスーザン・ストーンは、「TVに出て有名になる」という気持ちが強く、TV報道を大学で専攻し卒業していた。
そんなスーザンは、父親の経営するイタリアン・レストランで働くラリー・マレットと結婚し、ハネムーン先をTV界の大物たちが会合を開くホテルのあるフロリダを選んだ。
そこで得た情報を元に、スーザンは地元のTV局に猛アピール。
本来は雑用係を募集していたTV局のエドだったが、彼女を採用。
そして、雑用係では足りない様子のスーザンをお天気キャスターに起用する。
しかしスーザンはお天気キャスターでは飽き足らず、高校生たちの実態を描くドキュメンタリーの企画を出し、許可を得ると落ちこぼれの高校生3人の取材を始める。
一方で、子供を欲しがる夫ラリーにスーザンは邪魔に感じ、取材している高校生に夫殺害を依頼する。


女教師が教え子を誘い、夫を殺害させたパメラ・スマート事件を基にしたジョイス・メナードの小説「誘惑」を映画化した作品。
この映画の主演を得るために、スーザンよろしく二コール・キッドマンは相当に自分を売り込んだそうです。

sasou.jpgこの作品は、設定を変えて事件をなぞらえている構成ではなく、監督ガスらしく全体がインタビューという形を中心に事件を描いています。
スーザンはカメラ目線で独白。
他の家族や関係者は取材のインタビューを受けてる形だったり、TV番組に出演してる形だったりして、自分の気持ちを吐き出している。
そして、再現ドラマ風にコトの全体を挟み込む。
つまりは、高校生を利用して夫を殺害したという事件は客観的に語る者は誰一人いないのです。

sasou3.jpg映画としては、この作品を観ている者が事件に対してどう思うか?とは問うてはいません。
こういう事件を野次馬根性で騒ぎ立て、煽るマスメディアに対する皮肉ですからね。
映画の中でTV番組に一緒に出演させられる、加害者側の家族と被害者側の家族・・・何だそれ?な印象を受けますが、そんなことはアメリカのマスコミでは当たり前なのでしょうかね?
そして、嬉々として事件の取材を受けるという点は、日本でもよく見られます。
まぁ、日本の場合は胸だけの映像になりますが・・・。
犯人像を得るために近所の人に「どんな感じの人でしたか?」なんてインタビューして、ここぞとばかりに答えてる人いますね。

sasou2.jpgそんなことを踏まえてこの作品を観ていると、それぞれが自分の立場で主観的なことしか言っていないのがわかる。
スーザンの人間性を汲み取るには、彼女が独白している部分が肝心なのだけれど、それは闇に葬られてしまうという皮肉さ。
こういうスキャンダラスな事件が起きた時、人は何を知りたがるのでしょうか?
他人の不幸は蜜の味・・・というのがマスメディアの根底にあるものだし、情報操作なんて朝飯前。
「この女は悪魔みたいな女なんだよ!」と思わせるのは、何でもないことなのです。
しかしこの作品では事実とは異なり、夫には何の問題もないように描かれてますね。
被害者を悪く言っちゃいけません・・・ってことなんでしょうか?
ガスのことだから、その辺も意図的なのかもしれませんが・・・。

sasou4.jpgさて、ニコール・キッドマンが魅せまくりです。
ミニスカートがやけに似合ってて、羨ましい限りのプロポーション。
自分の頭の中では当然のことをしたまでよ・・・という、幸せ回路発動してるっぷりの演技も見事でした。
で、ちょっと足りなさそうな高校生にホアキン・フェニックスが演じてるんだけど、TOKIOの長瀬に見えて仕方なかった(;・∀・)
モゴモゴとセリフを言わせるのって、ガスは好きなんですかねー?
リヴァ−にもそんなセリフ回しをさせていた印象があったので、弟にもか!と思ってしまいましたよ。

最近、日本の情報番組は捏造やらヤラセが発覚してますけど、マスメディアの本来在るべき姿を逸脱しているのは、どこも一緒なんでしょうね。


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2007年05月28日 映画あ〜さ行 1990年代 トラックバック:0 コメント:0

ヒトラー 最期の12日間

ヒトラー~最期の12日間~スタンダード・エディション2004年ドイツ=イタリア
監督:オリヴァ−・ヒルシュビーゲル
出演:ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ラーラ、ユリアーネ・ケーラー、トーマス・クレッチマン

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
1942年、トラウドゥル・ユンゲはヒトラー総統の個人秘書に抜擢された。
1945年4月20日、ドイツ軍は連合軍に追い詰められつつあった。
ヒトラーは、身内や側近と共にベルリンにある首相官邸の地下要塞へ潜り、ユンゲも後に続いた。
そこで彼女は、冷静さを失い狂人化していくヒトラーを目の当たりにする。
ベルリン市内は混乱をきわめ、武器を持たない民兵が立ち向かう一方で、側近達は次々逃亡。
それでも敗北を認めないヒトラーだったが・・・。


ヒトラーの個人秘書だったトラウドゥル・ユンゲの「私はヒトラーの秘書だった」とヨアヒム・フェストの「ヒトラー 最期の12日間」を基にした作品。
敗戦色が濃くなったベルリンの状況とヒトラーの様子をユンゲの視点で描いている。

saigo12.jpgまず、この作品をどういう意図で観るかによって印象は違ってくるでしょう。
つまり、「何を貴方はこの映画で観たいのか?」ということ。
20世紀最悪の独裁者と呼ばれる男の末路か?
それとも、ヒトラーの人なりを知りたいからか?
単に好奇心からか?
いずれにしろ、ナチスは先の大戦で負けたことは紛れもない事実であり、ヒトラーは自決したことも事実。
けれど、私たちには先入観がある。
それは「ナチスを率いたヒトラーはユダヤ人を虐殺した悪人」であると。

それゆえに、地下要塞で軍人にはヒステリックになっているヒトラーの狂人ぶりには違和感を抱かない。
残酷な性格じゃなきゃ、ユダヤ人を虐殺などできないだろうから、そりゃ当然だな・・・というように。
一方で、女性や子供にはいたって優しいヒトラーには違和感を覚えるのでは?
実はそういう観方が一番恐ろしいと、私は思うのです。

saigo12-2.jpg個人秘書とは言え、軍部の会議に立ち会うことはできてないし、ヒトラーの側近は自決したか戦後に戦犯として処刑されているので、そういうシーンは憶測の部分を占めていると思います。
劇中、ユンゲ自身の「ヒトラーは謎が多くてわからない人だ」というセリフがあります。
結局、それが全てでしょう。
私たちはユンゲという女性のフィルターでヒトラーを見せられているようなもので、そもそも植え付けられたイメージ通りで何の発見もありません。

ドイツがヒトラーの映画を作った勇気・・・という賞賛も違和感があります。
なぜなら、ドイツは戦争責任を偏にナチスに被せているだけで、ドイツ自体は責任を免れようとしてるからです。
つまり、ドイツという国家はナチスと切り離しているので、第三者的に描いている・・・というのが本当のところではないでしょうか。

saigo12-3.jpg私がこの作品を観て率直に思ったのは、「戦争に勝てばどんな悪しき行為も正義になり、負けると正義すら悪のレッテルを貼られるミジメさ」ということです。
勝てば官軍・・・という言葉通り。
ヒトラーを無条件に肯定はしませんけど、少なくとも彼らにも正義を以て戦争に臨んでいたことは確かなんですから・・・。
最近ではユダヤ人虐殺は捏造だという説も出てきています。
これが本当かどうかはわかりませんが、少なくともネガティブな史実をいつまでも突きつけられることが戦争に負けるってことなんでしょうね。

saigo12-4.jpgさて、ヒトラーを熱演したブルーノはそっくりでしたねー。
そして、側近になっている役者さんたちも素晴らしかったです。
ただ、ラストは甘っちょろさを感じましたけど、考えてみたらこの映画は秘書のユンゲが主人公なんですよね。
ヒトラーについては中途半端。

ところで、ヒトラーは数多くの預言を残していることをご存知ですか?
日本への原爆投下や冷戦などを預言して的中させてます。
そもそもヒトラーは謎が多い・・・と言われてますけど、最低最悪の独裁者であったと他人から叩き込まれた呼称を鵜呑みにするのも、何やら恐ろしいことだなと思います。

※ヒトラーの預言を読むと驚愕しますよ。
こちら>>http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha400.html

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2007年05月26日 映画た〜は行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

タクシードライバー

タクシードライバー コレクターズ・エディション1976年アメリカ
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ロバート・デ・ニーロ、シビル・シェパード、ピーター・ボイル

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
毎日街をタクシーで流す運転手のトラヴィスは、世の中が汚れ切っていると感じ、憤りが増していく。
堕落した世の中を綺麗にしていく使命が自分にはあると思い込んでいくトラヴィスは、行動を起す。


古き善きアメリカという時代の価値観が揺らぎ、アメリカ人は触れたがらない、ベトナム戦争や政治の腐敗などに象徴される悪しきアメリカの暗黒の'70年代に数多く登場した「アメリカン・ニューシネマ」
ヒーローなき時代を象徴する作品がこの「タクシードライバー」だと思います。
孤独感を抱えた都会を演出する素晴らしい音楽は、バーナード・ハーマン。
この作品が遺作となった。

taxi2.jpgこの作品は、「ミスター・グッドバーを探して」の対極に置きながらも根が同じという印象を受けました。
国内ではドラッグや性的乱れの蔓延、ベトナムは泥沼、政治は腐敗しきっていた'70年代前半のアメリカ。
主人公トラヴィスはベトナム帰還兵ということで、「正義」と「愛国心」の下で戦争を体験してきたひとり。
そのトラヴィスが国に戻り、目の当たりにするものは汚れ切っているアメリカなのです。
彼がタクシーを流しながら目にするものは到底「正義」とは程遠い姿。
時代背景を鑑みれば、そんな汚れた祖国のために命を賭けて戦争してきた兵士の憤りは悟れる。

taxi3.jpgそして、トラヴィスは内気でひとりで溜め込むタイプなのか、大統領候補の事務所にいる運動員べッツィに惹かれるんだけれど、不器用過ぎてせっかく誘ったデートなのにポルノ映画館に連れて行って嫌われる。
ご機嫌を取ろうとするも、ことごとく失敗。
元々社交的ではないトラヴィスは、益々自分の世界に浸り込んでいく。
特に印象的なのは、鏡に自分を映しながら何かを挑発する姿に酔いしれているシーン。
「ああ、こういうヤツっているよね」と思えるから、やけに恐く感じた。

taxi4.jpgきっと男性は、どこかトラヴィスに共感できる部分があるんでしょうね。
「こんな世の中クソ食らえだ!」って、何かをぶち壊す願望は心の中に抱えているのかもしれませんね。
トラヴィスは誰の心にも存在していた・・・ということかもしれません。
それが良いことか悪いことかの判断の曖昧さは、この映画のラストが象徴しているんではないでしょうか?
モヒカンのトラヴィスがヒーローになるのは、アメリカの病理的な部分への皮肉のような気がしました。

さて、'70年代のハリウッドは混沌とした時代のせいか、「アメリカン・ニューシネマ」の他にオカルトやパニック映画もヒットしました。
やはりネガティブな映画が多かったようですね。
そんなところに、「ロッキー」の登場。
マッチョな男がアメリカの強さの象徴になった・・・ここら辺の境界線に「タクシードライバー」があったことも、興味深いです。
その時代に主流となったハリウッド映画を観れば、アメリカの深層心理が垣間見れます。


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2007年05月26日 映画た〜は行 1970年代以前 トラックバック:0 コメント:0

愛が微笑む時

ai6.jpg1993年アメリカ
監督:ロン・アンダーウッド
出演:ロバート・ダウニ−・Jr、チャールズ・グローディン、アルフレ・ウッダード、キラ・セジウィック

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
1950年代末のサンフランシスコ。
ある夜、バスに乗り合わせた男女4人は、架橋から落下する事故に遭い死んでしまう。
霊になった4人は、事故現場近くの車の中で生まれた赤ん坊に取り憑き、トーマスと名付けられた赤ん坊の成長を見守っていくことに。
トーマスには友だちのように接してきた4人だったが、トーマスにしか4人の姿が見えないことで支障が出てきたことを知り、姿を消すことにした。
それから月日が流れ、トーマスは社会人になった。
利己的なトーマスを嘆きながら見守る4人に、突然お迎えがやってきた。


ゴーストものの映画が多く作られた1990年代の前半でしたけれど、その中でも私にとって印象に残り、「また観たい」と思わせてくれる作品です。
誰にでもわかりやすい展開の大衆向けで、軽いタッチながらもホロッとさせてくれます。
こんなに素晴らしい作品なのに、DVD化になっていないのが非常に残念ですね。

aigahohoemu4.jpg縁もゆかりもない男女4人が、脇見をしながらバスを運転していた運転手のせいで、死んでしまう。
彼らにはバスに乗り込む前にもストーリーがあって、それが映画の中盤から重要になってくるんですねー。
幽霊になっちゃった4人は個性があり、その彼らのボケとツッコミぶりも楽しい。
子供の頃のトーマスとの関わり合いもペーソスがあって、ほのぼのしていて良いし、姿を消さなくてはならないと判断した4人がトーマスの前から消えていくシーンは少し涙もの・・・と感傷的になってると、突然大人になったトーマスへと時間がひとっ飛び。

この大人になったトーマスが実に利己的で嫌な男になってる。
付き合ってる彼女にも愛情の欠片も見せない。
そっと見守ってきた4人は呆れ果てているんだけど、そんな時にあの事故ったバスが4人の前に現れ、原因となった運転手が登場。
あの世へお迎えにきたのです。

aigahohoemu2.jpg事故などに巻き込まれ、理不尽な死を遂げてしまった者は、やり残したことを1つだけ果たすことができることになっていたらしく、そんな話は聞いていない4人は天国へ行く時間を延ばしてもらうことに。
そこで、トーマスを使うことにしたため、4人は再びトーマスの前に姿を現す。

ここから、4人にしぶしぶ付き合うトーマスの本題へと入るんですねー。
4人それぞれがやり残したことを叶え、やり遂げた者から順番にお迎えのバスに乗って旅立っていく。
そこには家族以上の絆を感じさせます。
ちょっと前フリが長かった分、この辺が駆け足気味だったのが残念ですけども・・・。
特に私は黒人のお母さんの部分が泣けました。
この時のロバート・ダウニ−・Jrの演技が良いんですよねー。
笑わせながら、泣かせてくれる感じで。

aigahohoemu.jpg嫌々4人に付き合っていたトーマスが徐々に価値観を変え、生きていく上で何が大切なのかを4人から学んでいくというのも、わかりやすくて良いです。
全体的にはソツのない人情コメディであり、肝心なツボは押えてあるし、ゴースト4人とトーマスの絡みは良いのですが、恋人の役がエリザベス・シューだったのは個人的にダメでした。
どう見ても、嫌味ったらしい女にしか見えず、トーマスから愛情をかけてもらえないことにプリプリなだけで、同情できなかった。
だから肝心なラストでは、トーマスは単に彼女のご機嫌取りに成功したとしか思えず、少々冷めてしまった。
他の配役は良かったのに、エリザベス・シューだけはミスキャス。

B・B・キングが本人役(?)で特別出演してます。


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2007年05月25日 映画あ〜さ行 1990年代 トラックバック:0 コメント:1

ジェリー

ジェリー デラックス版2002年アメリカ
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:マット・ディモン、ケイシ−・アレック

(´▽`)つ★★☆☆☆

<ストーリー>
砂漠をドライブしていた2人の若者。
途中、休憩のためか、車を降りて散歩を始める。
しかし途中で道に迷い、砂漠の中で彷徨ってしまう。


実際にあった話を基に映画化された作品。
この映画のジャンルは「ドラマ」になっているようなんだけれど、明確な筋書きはただひとつ、「砂漠の中で迷子になった男2人」というだけ。
実験的映画とも言われていますが、観る方もそれを十二分に覚悟して観る必要があります。
どう観て、どう解釈するかは、お任せな映画・・・ということらしい。

g4.jpgガス・ヴァン・サントの監督作品ということで、ある程度覚悟はしていたものの、この映画はぶったまげました。
まず、登場する2人がどこの誰なのかわかりません。
お互いに「ジェリー」と呼び合う辺りで、この2人の関係を推し量る程度(どうも友だちのようですけどね)
冒頭からロングショット多用で、同じカメラアングルでず〜〜〜〜っと観続けます。
車の中の2人を延々と観せられ、車が途中で止まり2人が降りて歩き出す。
実はその下車も理由はわかりません。

そして、2人がひたすら歩くシーンをまた延々と観続ける。
ほとんど会話もなく、BGMもなく、彼らが歩いている時のサクッサクッという砂を踏みしめる音と、息遣い、辺りを吹く風の音が聞こえるだけ。
「どこへ行こうとしてるんだろう・・・?」と、ひたすら2人を見つめていく私。

g.jpgその内に、どうやら2人は道に迷ってしまったことに気付く。
カメラのロングショットは続く。
映像的には、空を覆い隠す厚い雲の流れが不気味ながらも美しい。
2人のバックから先に見える広大な風景のショットと言い、空のショットと言い、ふと「マイ・プライベート・アイダホ」を思い出しました。
その映画の延長線上に「ジェリー」があるような感じ。

動物の生態ドキュメントのように、ひたすら2人を映し続けるカメラ。
・・・そういうことで、私は若い男が2人砂漠で迷った時の生態映像という風な観方になりました。
ライオンやペンギンの生態ドキュメントと同様に・・・。
映画の内容はともかく、まるで地球が出来た直後の太古の世界みたいな風景は絶品。
アメリカって空き地がいっぱいあるんだなぁ〜・・・とふと思ったりして(;・∀・)
ドキュメンタリー好きな人には良いかもしれませんけど、エンターテーメントな映画好きの人にはオススメしません。
g3.jpg

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2007年05月24日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

チャンドラムキ 踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター

チャンドラムキ 踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター2005年インド
監督:Pヴァ−ス
出演:ラシニカーント、プラブ、ジョーティカー

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
親友の結婚のためにアメリカから帰ってきた精神科医、サラバナン。
親友夫婦が購入した古い洋館は、怪奇な事件が起きると付近では恐れられていると知る。
その屋敷には、150年前に強制的に王様の妾にされた踊り子、チャンドラムキが無念の死を遂げ、悪霊になったため、閉じ込められていると伝えられていたためだった。



インドのスーパースター、ラシニカーントが5年ぶりの主演映画だそうで、「ムトゥ 踊るマハラジャ」から8年。
インドでは公開日数が400日!!・・・いやはや、1年以上も公開したとはさすがです。

chan.jpg洋画を専門とする私のブログでは、少々掟破りのレビューになりますが、「ムトゥ 踊るマハラジャ」が大好きなため、例外としてレビューしたいと思います。
のっけから、激しい(?)アクションで登場するラシニカーント演じるサラバナン。
悪い奴らをバッタバッタと投げ飛ばし、そいつらは決まって車のフロントガラスに突っ込む!
「マトリックス」を超意識したアクションなんですねー、これが。
過激にした吉幾三みたいな顔のラシニカーントなんですけどね・・・(;´∀`)

こういう映画は細かいことは気にしません。
ハリウッドのヒーローにだって、サラバナンのような完全無欠なヒーローはいないでしょう♪
しかも踊って歌っちゃいもする!
パーフェクトなのです!!

chan3.jpgこの映画でのポイントは、
<スーパーヒーロー十二か条>
1. 踊るぜ!ニューステップで
2. 歌うぜ!トルコ遺跡で
3. パクるぜ!マトリックスを
4. 考えるぜ!図書館で
5. 謎解くぜ!古畑任三郎並みに
6. 合わないぜ!物語の辻褄が
7. 読み取るぜ!アメリカ帰りの読心術で
8. 怖いぜ!女の情念は
9. 健在だぜ!流し目が
10. 取り憑くぜ!親友の嫁さんに
11. 揚げるぜ!凧を
12. モテモテだぜ!人妻に
   >>公式サイトより

さすがにデカイ国インド・・・ってことで、屋敷もデカイ。
そして女性が美人。
どう見たって普通のインド親父たちなんだけれど、満面の笑みで踊る姿は最高!!
・・・っつうことで、やたら無駄に長い時間(160分余り)も多少は許せる(途中、ダレ気味になっちゃいましたが)
無駄と言えば、カメラアングルも「どうしてそこまでして、ありとあらゆるアングルから映してんだよ!」と、ツッコミたくもなりますが・・・。

長いことやたら引っ張っておきながら、ラストは一気に展開。
ここら辺は、グッと引き込まれてしまいます。
もしかしたら、下手なCGや特殊メイクよりもコワイよ。

最近は、少し重たい映画ばかりを観ていたので、こういう単純に楽しめる映画は気分転換っぽくなっていいですね。
chan2.jpg
カラカラカラカラ〜〜〜♪ ←超ウケル(´▽`*)


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2007年05月23日 映画た〜は行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

ファーゴ

ファーゴ1996年アメリカ
監督:ジョエル・コーエン
出演:フランシス・マクドーマンド、スティーヴ・ブジェーミ、ウィリアム・H・メイシ−

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
1987年冬、ミネソタ州の自動車ディーラー、ジェリーは多額の借金を負い、整備工場で働く元囚人から2人の男を紹介してもらい、妻を偽装誘拐することを企てる。
それは、自動車業界では大物であつ妻の父親から身代金を引き出し、借金返済にあてるつもりだったからだ。
計画通り2人の男は妻を誘拐するが、想定外の展開が起きてしまう。



アカデミー賞脚本賞や主演女優賞の受賞をはじめ、数々の賞を取った犯罪を扱いながらもコミカルに描いた作品。
コーエンの初期作「XYZマーダーズ」もそうだったけど、意図してなかったことが起きてしまった「他人事」は、傍から見ると気の毒に思うと同時に野次馬気分で娯楽のように見てしまう。
それを登場人物のキャラクターを際立たせることで、シリアスとコメディーの間でバランスを取り、観る者に嫌悪感を抱かせない。

fa.jpg映画の冒頭、この映画は事実に基づいてます・・・なんて、わざわざ出しております。
すると、観る方は「実際にあった事件なのかぁ」と身構えちゃいますが、フィクションらしいです。
こういう風に遊ぶ監督さん、多いですねー。
ちなみに、死体役がプリンスと思わせておいて、これも実はスタッフらしいんですけどね。

さて、2人組みの犯罪者・・・というと、やはりそれぞれのキャラクターが突出していないといけないってことで、この映画での2人組みもかなり可笑しい。
どこかデコボコに感じるせいで、やることは凶暴極まりないのに、「やっちゃったぁ」みたいな軽い感覚に見えるから不思議。
そして、この2人に妻の誘拐を依頼したジェリーは見たからに小心者っぽい。
で、この映画の登場人物の中でも、女性警察署長が抜群なキャラなんですね。
ガシッと拳銃を構えたスレンダー美人・・・ではなく、なぜか妊婦さん。
その妊婦という設定がよく思いついたなぁ〜って感心しちゃいましたよ。

fa3.jpg妊婦となれば、そんな無茶苦茶なアクションはできませんし、自然と動きも緩やかになることが狙いなんですかね?
それでいて、妊婦なのにコーヒー飲みながら死体を見るなんて、胎教に良くなさそうでしたが・・・。
この警察署長役のマクドーマンドが本当に良いんですねー。
彼女がいたから、映画が毒々しく感じなかったと言っていいかも。
妊婦だからか、食べ物を豪快に食べているあたりも良いんですよ。
「よく食べるなー」と思っていると、出張先で「安くて美味しい飲食店を教えて」なんて訊ねてるし。
バイキング式かなんかで、お皿に料理をゴソッと山盛りにしてるのには笑えた(´∀`*)
情けないような男たちが人の命を奪っていくのに対し、女性警察署長は命を育んでいるという対比かな?

fa2.jpgツッコミどころも満載な映画ではありますけど、それでも賞をいっぱい取ってるんだから、やはりこの映画はシリアスに観てはいけないのです。
なんで妊婦なんだ?
なんで連続殺人事件なのにFBIすら出てこない?
なんでヤナギダが思い切りコリアン顔なんだ?etc etc.....
それもこれも、「どうせ映画なんだから、真剣に考えるなよ」ということが、冒頭の「この映画は実際にあったことに基づいて・・・」云々をあえて入れた意図と繋がってるということで・・・チャンチャン。

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2007年05月23日 映画た〜は行 1990年代 トラックバック:0 コメント:0

ジャーヘッド

ジャーヘッド2005年アメリカ
監督:サム・メンデス
出演:ジェイク・ギレンホール、ピーター・サースガード、ジェイミー・フォックス

(´▽`)つ★★☆☆☆

<ストーリー>
祖父や父親が海兵隊員だったスオフォードは、18才になって迷わず海兵隊に入隊した。
スオフォードは訓練を経て、偵察狙撃隊STAの候補に抜擢され、60名の候補者から絞り込まれた8名に残った。
そんな折、イラクがクウェートを侵攻した。



アンソニー・スオフォードの「ジャーヘッド アメリカ海兵隊員の告白」を基に映画化した作品。
”ジャーヘッド”とは、刈り上がった頭がジャー(ポット)に似てることから呼ばれているそうですが、「中身が空っぽ」という意味でバカにした呼び方でもあるそうです。

ja2.jpgこの作品、ほとんどピンポイント空爆で始まり終わったという印象のある湾岸戦争での、「砂漠の剣」と呼ばれる地上作戦に参加した兵士のお話・・・ということで、興味本位で観ました。
しかも、未だにイラクが混沌としている最中に、わざわざ作った映画の意図はなんだろう?という意味でも関心を抱いたからですが。

まず、湾岸戦争とは?
コトの発端は、1990年8月2日にイラクがクウェートに侵攻して、あっという間に占領下に置き、強引に併合を表明。
国連はイラクを説得しようと努めたけれど応じてはくれず、期限を設けて交渉にあたったんですね。
その期限が1991年1月15日で、それが切れた直後にブッシュ大統領(パパの方)が動き出す。
よほど急いでいたんでしょう・・・国連軍を出すためには安全保障理事会に提出しなくちゃだし、ロシアと中国が反対するだろうから協力国を募って多国籍軍を出撃させた。
それが1月17日で、軍事行動が開始された日。
そして、アラブの問題はアラブで解決しようと、エジプトやシリアなどがアラブ合同軍を作り、多国籍軍に協力します。

ja4.jpgで、この映画の舞台になった地上軍は1ヵ月後の2月24日から展開。
クウェートを包囲する形でイラク領に侵攻。
25日にはイラク軍は抵抗してスカッドミサイルを撃ち込むんですが、抵抗はそれだけ。
地上戦が始まった3日後には事実上の戦争は終了・・・という、ズバリ映画はその辺りを描いているのです。

主人公のスオフォードは愛国心に燃え、正義感があり、祖国のために戦うんだと息巻いてサウジアラビアにやって来る。
他の兵士も同様だろうと思うんだけれど、どうも戦闘が始まらない。
何もない砂漠の砂嵐の中で、退屈で仕方ない・・・という地上戦に参加する海兵隊員の実情が率直に描かれてはいると思う。
けれども、それを観たところで何を思えばいいのやら・・・?

ja.jpgまぁ、彼らがCNNというメディアを通して、政府のプロバカンダに利用されていたエピソードはナイスなんですけれど・・・。
燃えた熱い闘志で戦争に行き、萎えてしまった兵士の告白ということでしょうから、深く考える必要もないかとは思いますが。
とにかく、彼らは「敵」を殺すことが戦争の目的であると信じていたのです。
かつての戦争映画はそんなシーンばかりだし、海兵隊員もそういう映画を観て憧れていたでしょう。
しかし、いかんせん湾岸戦争はハイテク戦争と呼ばれ、空からピンポイントで攻撃が可能になりましたから。

ja3.jpgスオフォード含め、彼らは一人も相手を殺してはいません。
日常は一人でも殺せば犯罪だけれど、戦争では多く殺せば英雄になる・・・と言いますね。
つまり彼らは英雄になりそこねたんです。
一応無事に帰国して、出迎えられる時の歓迎ぶりとのギャップが心の奥深くに重く圧し掛かっていたのでしょう。
狂気に満ち、修羅場となったベトナム戦争とは違い、役割を果たした満足感のない出兵での虚しさでしょうか?
米軍が使用した、劣化ウラン弾の影響を受けているイラク人が今尚いる中で、この作品での「人殺しができなかった」という元海兵隊員の心の叫びは、本当に「どうでもいいこと」です。

キレイごとのように、「日常でも銃を携えた兵士なんだ」と締めくくってますが、胡散臭すぎて笑うこともできませんでした。
湾岸戦争もイラク戦争もアメリカを守る戦争ではなく、アメリカの一部の利権者を守る戦争でしかないことを世界は知っているのに、相変わらずアメリカ国民って信じたがらないんだなということがわかりましたけどね。
戦争により、原油価格が高騰して儲けたのは誰でしょうか?

結局、この時期に対イラク戦争(湾岸戦争)を映画として作った意図は量りかねました。

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2007年05月22日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

トリコロール 赤の愛

トリコロール/赤の愛1994年フランス=ポーランド=スイス
監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
出演:イレ−ヌ・ジャコブ、ジャン=ルイ・トランティニャン、フレデリック・フェデ−ル

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
ジュネーブに住むモデルとして働くヴァランティーヌは、ある夜、不注意から犬を車でひいてしまう。
そして、その犬の飼い主で電話の盗聴が趣味の退官判事と出会う。


トリコロール3部作の3作目で、キェシロフスキの遺作ともなった「赤」
トリコロールでの「赤」は「博愛」を意味しているけれど、この作品で「博愛」を見出そうとしていると本質的なテーマが見えにくくなると思います。

一匹の犬によって、ヴァランティーヌは風変わりな初老の男と出会う。
愛想がまったくないその男が電話の盗聴をしていると知り、止めさせようとする。
けれど、表面でしか物事を判断しない者にとっては、奥に隠されている事実を知った時、他人は何もできないことを突きつけられて落胆しちゃうんですね。
それが善意だと思って取る行動は、本当に善意なのか・・・本質的に誰もわかっていないと。
「犬を救ったのは誰のためなのか?」
男の質問に、ヴァランティーヌは答えられなかった。

tr2.jpgその小難しげな、かつて判事をしていた男と意図的ではないにしろ、徐々に関わり合っていくヴァランティーヌ。
彼女にはイギリスにいる恋人がいて、何かと心配なのか電話で「男が一緒にいるんじゃなか?」なんてネチネチ聞いてくる。
一方で、ヴェランティーヌの話とは別に、彼女の近所に住むアウグストという青年の話も同時進行しているんです。
この2人が会話を交わすシーンはありません。
けれども、何気なく互いの存在は知っているんですね、意識はしていませんが。

この作品では、赤がふんだんに使われています。
特に印象的なのは、ヴァランティーヌがモデルで撮影された時のバックの赤。
彼女はカメラマンの要求で哀しい表情をしているにも関わらず、私は遠い未来への希望を見つめる表情に見えました。
哀しい顔をしていても、赤が顔に反映して血色が良く見えるからなんでしょうが・・・。

tr.jpg話が進んでいくと、観ている者は「あれ?」となっていきます。
退官判事が語る若き日の自分の話とアウグストの状況がまるっきり同じだからです。
もしかしたら、アウグストは時空を越えてやってきた退官判事なのか?・・・と思うほど。
まぁ、それはSFではないので違うんですけども。
3作品ともに、「生と死」を背景に運命的な繋がりをテーマにしていると思うんですよ。
それに相応しいラストであり、またそのラストから3作品を総括してメッセージしていることに、作品のクオリティの高さを感じさせます。
トリコロールの3色はイメージであって、色の意味ばかりを描いてはいないと私は思います。

それにしても、監督がヴァランティーヌ演じるイレ−ヌに惚れ込んでいますね。
退官判事は、ともすれば監督そのものなのかもしれません。
彼女を美しく撮ることに徹し、彼女の美しさに固く閉ざした心を解かれていく初老の男の視点は監督そのもののような気がします。
それが博愛なのか?といったら、違うでしょう。


>>トリコロール 青の愛
>>トリコロール 白の愛

※以下ネタバレと私の勝手な解釈です、ご注意を・・・しかも長文。


トリコロール3作品通して、腰の曲がったお婆さんが登場します。
舞台はフランス、ポーランド、スイスと違うんですけども意図的に登場させていることが面白いですね。
このお婆さんによって、3作品に繋がりがあることを暗示させています。
つまり、それぞれの話がオムニバスのように独立しながらも、どこかで繋がってるよ・・・と教えているようでもあるんですね。

さて、「トリコロール 赤の愛」のラストでドーバーを渡りイギリスへ向かう貨客船が転覆します。
わずか生存者は7人という中で、そのうちの6人は3作品の登場人物でした。
ここで私は、この6人は今までの総括的な登場ではなく、ここから物語が始まったのだなと解釈。
つまり、退官判事がテレビに映し出された6人の物語を頭の中で描いたものが「トリコロール3部作」なのでは?と思ったんですよ。
住む国が違うのに偶然にも乗り合わせた船が転覆し、生き残った運命。
細かい点で言えば、退官判事がテレビを持っていたのは、ヴァランティーヌの弟が持って行ったと思わせるんですが、実は元々持っていたテレビかも。
生まれた子犬の首に識別票みたいなものを付けてるシーンも、ヴァランティーヌにあげる一匹と思わせますが、彼女がひいた犬として登場させてるかもしれません。

何の意味があるかと思わせた、新人判事アウグストと男の昔話の合致。
ヴァランティーヌに預言めいたことを告げたり・・・ラストで彼女が助かってテレビに映し出された映像と街に貼られた大きな広告ポスターが同じということも。
退官判事はテレビで彼女に惹かれたんだろうと思います。
ヴァランティーヌに話した自分の恋人のことは、男にとっての実話なのでしょう。
それで、アウグストに自分の身の上を重ねてストーリーを作り、運命的な出会いを遂げる2人として仕上げた。
そして男の頭の中で出来上がったそれぞれの物語。
3作品共、出てくる男性は好きな女性を想い続けている・・・という設定であることも共通していますね。
まるで、退官判事そのものであるようです。


3作品共に「生と死」を共存させ、出会いと別れもまた同じ線上に存在していることを見事に表現していると思います。
意味のない偶然はないんだ・・・ということでしょう。
考えると、本当に奥深さを感じる作品です。
キェシロフスキ監督の若すぎる死は、本当に惜しいです。

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2007年05月22日 映画た〜は行 1990年代 トラックバック:0 コメント:0

トリコロール 白の愛

トリコロール/白の愛1994年フランス=ポーランド=スイス
監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
出演:ズビクニエウ・ザマホスキ、ジュリー・デルビー、ヤヌーシュ・ガヨス

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
片言のフランス語しか話せないポーランド人のカロルは、性的不能が原因でフランス人の妻ドミニクに離婚を求められていた。
カロルは裁判所で時間が欲しいと哀願するも、ドミニクから「愛していない」と言い捨てられ、行き場をなくす。
カロルが地下鉄の通路で座り込んでいると、ミコワイという男と出会う。
ミコワイもポーランド人で、死にたがっている男を殺害する手助けをしないかと持ちかけられ、手持ち金のないカロルはトランクに隠れてミコワイの手荷物としてパリからポーランドに戻る。


トリコロール3部作の2作品目。
この作品では、「白」がカラーベースになっている。
トリコロールでの白は「平等」を表わしていているけれど、何が平等と呼べるのかは、前作同様に人それぞれの解釈に委ねられていると思う。

この作品の中に用いられる「白」も印象的で、特に光をイメージしているような感じがしました。
作品自体も前作の「青」とは違い、具体的に描かれています。
そしてやはり「生と死」というのも大きな要素で、死というものに直面した時にようやく気付く大事なこと・・・というニュアンスのテーマが中心となっているような気がしました。

tw2.jpgまず、主人公のカロルは性的不能の男という烙印を押される。
そういう男女間に於いて、「不能」とされるのはだいたい男。
生殖機能という観点からすれば、男女の平等はありえない。
ひとつの本能を否定され、それが元で拒絶されたカロルはどう見てもミジメな男にしか映らなくなってしまいます。
地下鉄で光が白く広がり、まるでカロルの頭の中が真っ白になって途方に暮れているのを表わしているようでもありました。
そんな落胆して自暴自棄になってるカロルが運命的な出会いをする。
それがミコワイ・・・でも実は、一方的な運命ではなく、双方にとって必要な出会いなんですけどもね。

tw3.jpg「平等」をテーマにしているかどうかは知りませんが、あえて言うなら誰にでも訪れる死だけが確かな平等であり、生きていく上であるのは機会を選択していく意思ということなんでしょうか?
作品全体に、「さあ、どうする?」と選択するシーンがいくつも出てきます。
人生とは何かや誰かの犠牲になることは有り得ず、いくつかの選択肢を経て自分が招いた結果である・・・ということでしょうかね?
それは「偶然」や「運命」とは対極にあるようですけど、選択した上で起こる偶然が運命と呼ぶのかもしれません。

この作品は、カロルの選択を中心に描いていて、彼がその時々に何をどうしようとしているかを私たちが見守っているカタチです。
そして象徴的に用いていた、物悲しそうな表情をした女性の像。
今にも泣きそうな表情がカロルの心の中を代弁しているかのようでしたが、その表情をドミニクに見た時にカロルは涙を流すんですねー。
白は、赦しの色でもあるのでしょう。
日本でも「白紙に戻す」と言いますし・・・。
イメージカラーの白のようにシンプルめに描かれていて、3作品の中では観やすいかもしれません。


>>トリコロール 青の愛
>>トリコロール 赤の愛

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2007年05月21日 映画た〜は行 1990年代 トラックバック:0 コメント:0

トリコロール 青の愛

トリコロール/青の愛1994年フランス=ポーランド=スイス
監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・レジャン、エレーヌ・ヴァンサン

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
ジュリーは自動車事故で夫と娘を失う。
夫は音楽家で、欧州統合祭のための協奏曲を作曲中だった。
ジュリーは、住んでいた屋敷や夫の未完だった協奏曲のスコアも処分し、パリで新しい生活を始める。


フランスの国旗「トリコロール」にちなんだ3部作の1作目が「青」。
ポーランド出身で「愛と運命」を描き続けたキェシロフスキが挑んだ大作と言ってもいいでしょう。

tb.jpgトリコロールでの青は「自由」を意味していますが、それに囚われずに、それこそ自由に解釈できる余白を残した作品という印象を受けました。
映像的には、もちろん「青」をイメージカラーとしたシーンが随所に見られますが、その色が観ている人の持つイメージで映るよう強制的な用いられ方はされていないんだろうと思います。
これは、3作共に共通しているのではないでしょうか?

青という色は寒色で、哀しみや寂しさをイメージできるし、また空や海、ともすれば地球そのものをイメージできるほどの普遍的な存在を感じさせる色です。
主人公のジュリーは、愛する夫と娘を失い、その哀しみを払拭するために全てを処分してしまいます。
この作品は、そんな喪失感の中にあっても、音楽だけは自分から消えることがないジュリーの不安定さを見事に描いていたと思う。

たったひとつ、ジュリーが処分しなかった青と白のガラスでできたモビール。
幾度となく通うプール。
それを観る側がどう受け取るかは、それぞれに任されているっていう使い方でしょうかね?
私はそれらのシーンを観た時、とても心地良い気分になりました。
ジュリーにとってもそうなのかな?と思ったんですよ・・・癒しなのかと。

tb2.jpgパリに行くまでのジュリーは、自傷気味だったんですね。
それは一晩男と関係を持ったことと、石の塀に手の甲をゴリゴリ擦り付けながら歩くシーンで表わしてると思います。
喪失・・・ここから徐々にジュリーの再生が始まっていく。
あくまでも抽象的で、ゆっくりとジュリーの心に「生」が息づいていく。
心の動きも音楽も無形だからこそ、抽象的なんだと思います。

ジュリエット・ビノシュは、こういう役だと抜群の存在感を出しますねー。
それと印象的だったのが、この映画の中で亡くなった娘を思い出して・・・というシーンがなかったこと。
それが子供のいないアパートを探してるということで、ジュリーの思いを充分伝えてはいるんですけども。

さて、3作品通して「生と死」が背景に横たわり、そこから「運命的な繋がり」というテーマに絞り込んでいるのがわかります。
この作品だけ観るも良しですけど、できれば3作品全部観て頂きたい。
で、「赤の愛」は絶対に最後で・・・驚きのオチがありますので(私の解釈でのオチですけどね)


>>トリコロール 白の愛
>>トリコロール 赤の愛

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2007年05月20日 映画た〜は行 1990年代 トラックバック:0 コメント:0

スパイ・ライク・アス

スパイ・ライク・アス1985年アメリカ
監督:ジョン・ランディス
出演:ダン・エイクロイド、チェヴィー・チェイス、スティーヴ・フォレスト

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
アメリカ国務省に勤務するエメットは、親の七光りで職に就き、ロクに仕事をしない。
そして、国防省に勤務するオースティンは、暗号解読機を修理するだけの退屈な仕事をしていた。
最高幹部は、この落ちこぼれとも呼べる2人をある作戦のオトリ要員として、スパイ派遣させることにした。
そうとも知らない2人は、昇進して海外勤務ができると張り切るのだが・・・。


ダン・エイクロイドの原案、脚本、制作で、またまたジョン・ランディスと組んで、冷戦時代の米ソ関係をコメディタッチながらも、皮肉と希望的な要素を取り入れた作品。
この映画には、多くの映画監督や製作者などがチョイ役で登場しているのも話題になった。
ちなみに、ボブ・ホープ、テリ−・ギリアム、コーエン兄弟、サム・ライミ、B・B・キングなどが、どこかにヒョイと出ています。

sla3.jpgドタバタなコメディかと思って観ると、少々期待ハズレな印象を受けてしまうかもしれませんね。
この映画は時事ネタなので、それを知らないと根にある毒は感じないかもしれません。
前編あたりまでは単純に笑える箇所も多いんですけど、中盤あたりの2人がコンテナで落とされて以降は時事ネタ。

まずは、ソ連のアフガン侵攻を思い出して頂きましょう。
ソ連がアフガンに侵攻して戦闘を開始したのが1979年。
その年、パキスタンは秘密裏に核兵器を開発していて、それに怒ったアメリカ政府は経済援助を停止したものの、アフガンのゲリラ支援をパキスタンを通して行うしかなく、手のひらを返して同盟国のような関係に。
ですから、エメットとオースティンは堂々と「アメリカ人だぜ〜〜!」とアピールしちゃうんですね。

映画が作られた年は、まだソ連はアフガンから完全撤退はしていない・・・ということからか、道中にアメリカ人を装ったソ連の人間と遭遇(場に合わない爽やかな服装が可笑しい)
で、彼らの正体を見破った2人は、彼らの車をまんまと盗んで、アフガンに入る。
そこでアフガンのゲリラたちと遭遇するんだけれど、アメリカはゲリラに武器や資金を供給していたこともあり、2人は偉そうに「アフガン解放軍を支援してやってるのに〜〜!!」と、またもアピール。

sla2.jpgそこへ、国連から派遣された医師団がいて2人も医者のフリをしちゃう。
そこで盲腸の手術をやらされるハメになるんですけど、ここら辺はドキドキしちゃいますねー。
で、エメットがさりげなく胸をモミモミする相手の女性は、ダン・エイクロイドの奥様なんですよ〜(・∀・)
結局、2人はアフガンのゲリラに追いかけられてしまい、目的地まで徒歩で入っていく。
気がつけば、ソ連の最新鋭ミサイルがそこに!!

アフガンは、冷戦時代が起したパワー・ゲームに巻き込まれたような地。
パキスタンも冷戦終結と共に、アメリカから使い捨てられたようなものですしね。
ソ連がアフガンから完全に撤退したのが1989年ですから、この作品が作られた頃は緊張が続いていたんです。
だからこそ、米ソのお偉いさん方は単に卓上でパワーゲームにいそしんでいるだけ・・・という皮肉にも取れるラストに苦笑。
しかも仲良く楽しげに。
実はそうやって仲良く冷戦の緊張感を演出してるだけで、ゲーム感覚で他国を巻き込んでいるんじゃないか?なんて風刺とも取れます。

モスクワ・オリンピックもボイコットし、冷戦がピークに達していた頃の作品を今観てもピンとこない人もいるでしょう。
もっとも、その後はソ連の崩壊で冷戦が終わり、中東を巡るアメリカの事情が大きく変りましたから、時事ネタは新鮮じゃないと・・・ってところですね。

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2007年05月19日 映画あ〜さ行 1980年代 トラックバック:0 コメント:0

オリヴァ・ツイスト

オリバー・ツイスト1948年イギリス
監督:デイビッド・リーン
出演:ロバート・ニュートン、アレック・ギネス、ケイ・ウォルシュ、ジョン・ハワード・デイヴィス

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
19世紀の初頭、ある冬の嵐の夜、一人の女性が授産場にたどり着いて男の子を産み、間もなく息を引き取った。
生まれた男の子はそのまま救貧院へ連れて行かれ、オリヴァ・ツイストと名付けられた。
9才に成長したオリヴァは、ある日くじ引きで負けてスープのおかわりをする役をさせられ、罰として葬儀屋へ奉公に出される。
しかし他の奉公人からイジメられ、耐え切れずに皆が寝静まっている早朝逃げ出す。
七日間歩き続けたオリヴァはロンドンにたどり着き、そこでドーキンスという少年に出会い、フェイギンという男の元へ連れて行かれる。


チャールズ・ディケンズの原作を映画化。
後にも何度か映画化されている。

ot.jpg最近リメイクした「オリバー・ツイスト」は未見なので比較はできないんですけれど、モノクロで描かれているこの作品を観て、昔の本の挿絵のような雰囲気が堪能できました。
現代に於いてのモノクロは、言わば違う世界に誘ってくれるムードがあり、どこか想像できる余地を残してくれる。
ストーリーは昔話らしい展開だし、その話の内容を真面目に「だから、何?」と突っ込むのは邪道であります。

色が白くて痩せこけたオリヴァの眼差しは真っ直ぐなのが印象的。
対して、ずるい大人たちは太っていたり、いかにも利己的であるような顔ばかり。
子供たちは薄まったスープと僅かなパンだけなのに、大人たちがテーブルに所狭しと並ぶご馳走に貪りつくシーンは、私が子供の頃に読んだ話に出てくる嫌な大人のイメージぴったりで唸ってしまった。
「こいつら最悪だ」という嫌悪感を醸し出すシーンとしては絶品。

ot3.jpgロンドンに着いたオリヴァが人並みにもまれながら、ドーキンスという少年に出会う。
このドーキンス役の少年もなかなか良くって、ひとりで生きていく少年のタフさが滲み出ていて、弱々しいオリヴァとは対照的なキャラが際立っていた。
そのドーキンスに連れられ、フェイギンという見たからに悪そうな男に会う。
いやぁ〜、このフェイギンのキャラは素晴らしいです。
思い切りワシ鼻で、目がギロリ。
どこをどう見ても狡賢さがプンプンの子供を使って財布なんかを盗ませているボス。
このフェイギンが、元ヴェルディのラモスに見えて仕方なかったですけど、私・・・(;・∀・)

ちなみに、このフェイギンを演じてるのは「スター・ウォーズ」のオビワン役をやった、アレック・ギネス。
当時は30代だったそうですけど、メイクでかなり老けた感じに見えました。

ot2.jpgオリヴァは、いろんな偶然によって祖父に出会うんですねー。
そこに繋がるのは、くじ引きで負けたことに始まってるんですけれども。
時代背景の19世紀の初めっていうのは、子供をちゃんと保護しましょうって認識がなかったんですね。
幼い子供が奉公に出るなんて話は、日本でもあったことですし。
オリヴァのような結末は虐げられた子供たちの「夢」でもあったんでしょう。
現在をそのまま当てはめて、出来すぎ・・・なんて貧粗なことを言っちゃいけません。

ところで、ディケンズがこの本を出したことによって、イギリスは救貧院での子供の扱いを見直し、改善したということです。
逆に言えば、本が出るまでは子供たちは虐げられていたのでしょう。
「オリヴァ・ツイスト」もそうですけど、ディケンズは大人に対して戒めているんですね。

※DVDでのタイトルは「オリバー・ツイスト」なのです。


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2007年05月18日 映画あ〜さ行 1970年代以前 トラックバック:0 コメント:0

サスペクト・ゼロ

サスペクト・ゼロ2004年アメリカ
監督:E・エリアス・マーヒッジ
出演:アーロン・エッカート、ベン・クングスレー、キャリー=アン・モス

(´▽`)つ★★☆☆☆

<ストーリー>
FBI特別捜査官トムは過去の失態によってニューメキシコへ左遷され、そのすぐ後に無差別殺人事件が起きた。
3人の被害者には「ゼロ」のマークが残されていた。
捜査を進めるトムだったが、やがて元FBIを名乗る男オライアンが浮かび上がった。
オライアンが示唆したのは、一切の痕跡を残さない完璧な殺人犯「サスペクト・ゼロ」だった。


※ネタバレ含んだ記事です。

「サスペクト・ゼロ」とは、犯行パターンがなく、手掛かりも残さない殺人者を指していて、「容疑者ゼロ」という意味合いらしいです。

s0-4.jpgこういうサスペンス系の映画は冒頭から何かヒントがあるかと思い、見逃すまいと気合入れてしまうため、時に力不足な脚本の場合は集中力が一気に抜けてしまう怖れがあります。
まさしくその「怖れ」がこの映画では生じてしまいました。

それでも頑張って観ていくと、どうやらオライアンは透視力を育成されたFBIだということがわかるんですねー。
”ファイ”のマークみたいな「ゼロ」は、「こいつは皆がお手上げ状態のシリアル野郎だよ」と教えてるんです。
ところがここで合点がいかない。
では、なぜオライアンは自分で犯人を殺害しなくちゃいけなかったのか?・・・と。
しかも、残虐な殺害のやり方であり、わざわざ謎の「ゼロ」を残して。
それはトムに捜査をさせる必要があったみたいなんですが、そこら辺が説明不足なのですよ。

s0-3.jpgしかも盛り上がることもなく、終盤に腰砕けになってしまう。
殺害された連続殺人の犯人は「サスペクト・ゼロ」のはずなのに、事件の全貌が明らかになってみれば、完全犯罪には程遠いような犯行じゃないですかぁ〜!
たとえば、犠牲者が年齢範囲が限られている男の子ばかりで、デスマスクを作り家の敷地内に埋めてる・・・とか、トラックを使って子供を誘拐して殺害後に家の裏に埋めたとか・・・。
フタを開けたら、犯行にパターン有りまくりだろう!ってツッコミ入れたくなりますよ。
そしてオライアンは透視力があった・・・それはわかるんだけれど、予知能力もあったというオチになってて、あれまぁ〜という感じです。

s0-2.jpg「見えるんだ、罪が 聞こえるんだ、叫びが」という映画のキャッチコピーなんですけど、全てが見え、感じるオライアンの苦しみというのは、キングスレーの演技で伝わるものの、あれもこれも取り入れ過ぎて散漫な作品になってしまっているのが惜しいです。
それと、やたら顔のアップを多用し過ぎですね。
アン・モスは正直いらないキャラだった。ラストは、「マトリックス」の劣化版観てるようで・・・(;´∀`)

発想は良かったと思うんですよ、超能力捜査官の存在とその苦悩。
でもどちらかと言えば、TVドラマではあるけれど、殺人を犯す人間の「悪」を疑似体験しながら犯人像を追求していく、犯罪心理学者が主人公の「死体を愛した男」の方が殺人そのものを深く掘り下げていて、見応えがありましたけどね。

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2007年05月17日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

ミスター・グッドバーを探して

1977年アメリカ
監督:リチャード・ブルックス
出演:ダイアン・キートン、ウィリアム・アザ−トン、リチャード・ギア

(´▽`)つ★★☆☆☆

<ストーリー>
6才の頃にポリオにかかり背骨の曲がる病気を患ったテレサは、昼は聾唖学校の教師をしているが、夜は酒場に通い男を漁る生活を送っていた。


NYで起きた女性教師殺人事件をヒントに、1975年に出版されたジュディス・ロスナーの小説を基に映画化された作品。

時代的に、自由奔放さの新しい価値観に警笛を鳴らすような意味合いを持った作品なのかはわからない。
約30年前に私が大人だったとして、この映画を観たら理解できる部分はあったのかもしれないけれど、現時点で観た限りでは「愚かな女」としか見ることはできなかった。

テレサは自分の病気が心の奥底に重い影を落としていたから孤独だったのか、育った環境がそうさせたのか、それとも安易にフリーセックスへの憧れだったのか・・・いずれにしても、肉体の快楽に溺れていった女であることには違いない。

mrgoodbar.jpgテレサにとって、耳が不自由な子供たちへの教育に活路を見出すこともせず、中心は夜の男漁り。
しかも、愛を伴った関係よりも肉体を満たしてくれる男に惹かれていく。
真面目で結婚を前提に付き合えそうな男はうっとうしく、なんかフラフラしているようないい加減な男ばかりとベッドを共にしちゃう。

この作品でのダイアン・キートンは、そういう半端な雰囲気を出していたとは思う。
少々影のある雰囲気とでもいいますか・・・。
それでいて、教師の時の顔はしっかりしている。
ちゃんと昼と夜の顔を使い分けてるなぁ〜というのは、見て取れた。
でもこの人は、ちょっとズッコケ役の方が似合ってるかもなー。

さて、若いリチャード・ギアのヘタクソな演技は痛々しいし、真面目でストーカーみたいになっちゃってるウィリアム・アザ−トンは変に怖いし・・・って感じでした。
最後に出てきた、ゲイのヒモになってたトム・べレンジャーは美味しいところをかっさらい。

みんな、まだ青かったんですねー・・・と、この映画ができた30年後に観た私の印象。
そして、時代を超えて観るに耐えられる映画であるかどうかは、疑問です。
女として見て、胸くそ悪くなった女の人生。

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2007年05月16日 映画ま〜わ行 1970年代以前 トラックバック:0 コメント:0

ビヨンドtheシー −夢見るように歌えば−

ビヨンドtheシー ~ 夢見るように歌えば ~2004年アメリカ
監督:ケヴィン・スペイシー
出演:ケヴィン・スペイシー、ジョン・グッドマン、ボブ・ホスキンス

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
ブロンクスの貧しい家庭に生まれ、リウマチ熱で心臓を悪くし、15才までしか生きられないと診断されたボビー。
母親の導きで音楽と出会い、フランク・シナトラを越える歌手を目指し始め、青年になったボビーはプロの道に入り、トップスターの仲間入りを果たした。
そして1960年、出演する映画「九月になれば」の撮影で出会った16才の女優サンドラ・ディーと恋に落ち、周囲の反対を押し切って結婚。
その後も順風満帆なボビーだったが、やがて世の中の変化と自らの出生の秘密を知り、表舞台から消えようとしていた。


37才の若さでこの世を去った、歌手ボビー・ダーリンの自伝映画。
ケヴィン・スペイシーはこの作品で制作、脚本、監督、主演を兼任。
構想から10年以上の歳月がかかったという、この映画。
4年間もの時間をかけてボイストレーニングを受けたというケヴィンの歌声も堪能できます。
音楽プロデューサーは、フィル・ラーモン。

bts.jpg相当ボビー・ダーリンにリスペクトしているんだなぁ〜というのが見て取れるケヴィン・スペイシーの熱演。
正直申しまして、私はボビー・ダーリンという歌手はまったく知らないんですよ。
歌を聞いても、「なんとなく聞いたことがあるような、ないような・・・」って程度です。
ですから、ボビー・ダーリンという歌手に興味があって観たというよりは、ケヴィン・スペイシーが出ているから観た・・・という感じです。

この映画、子供の頃のボビーと大人のボビーの絡みや「時間」という演出はファンタジックに見せ、ミュージカルよろしく歌って踊るシーンも挿入。
そして、ボビーの私生活部分や精神的な部分はリアリティーを突きつけるという、二段重ね。
それはボビーの内面に真実と虚偽が存在していたからなんでしょう。

bts2.jpg母親から「嘘はいけない」と教え込まれたボビーだったけれど、ステージで見栄え良くするために薄くなった頭にカツラを被る。
まさにボビー・ダーリンを演じるために。
自分を失いかけていると、子供の頃の自分が語りかけてくるというのは、なんとか軌道修正していく大人を描くにはもってこいな手法ですね。
まるで、インナー・チャイルドの逆パターンのようです。

しかし、そういう細かしいことは抜きに、ケヴィン・スペイシー自身が歌っているボビーの曲を楽しめばいいかな?と思います。
もともと声がいいんですねー。
本当にお世辞じゃなくて歌が上手いです。
まるで、ケヴィン・スペイシーのフィルム・コンサートを鑑賞しているような感じにもなりましたが・・・(;・∀・)
ダンスもとってもお上手だし、少年のボビーくんも素晴らしかった!

bts3.jpg20〜30代のボビーを演じてたであろうスペイシーですが、ちょっと(かなり?)老けすぎなところが気にはなりまして・・・。
映画を作るまで時間を要してしまったがために別の俳優を使う案もあったそうですが、歌が口パクであってもシラケてしまうだろうし、何とも微妙なところですね。
余談なんですけど、ボビー役のケヴィン・スペイシーがどことなく鶴田浩二に見えてしまったんですが・・・(;´∀`)

脇を固めていた俳優陣も個性的で、全体には良く出来上がった映画だなーという印象でした。
しかし、この映画はさほど話題にならなかったのは、同じ年に同じように伝記映画の「Ray レイ」が公開されたからですかねー?
ボビー・ダーリンよりも日本でも知名度のあるレイ・チャールズの物語だし、役者がそっくりだったのが大きな差でしょうね。


※ケヴィン・スペイシーが歌うサントラの試聴ができます。
      ↓
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1797538

※本物のボビー・ダーリンの歌が試聴できます。聞き比べてみては?
      ↓
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1501558


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2007年05月14日 映画た〜は行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

ミッシング

ミッシング1982年アメリカ
監督:コンスタンチン・コスタ・ガプラス
出演:ジャック・レモン、シシー・スペイセク、メラニ−・メイロン

(´▽`)つ★★★★☆

<ストーリー>
1973年、チャールズ・ホーマンと妻ベルは、世界の現状を知るためにアメリカを出て、南米に住んでいた。
9月のある日、クーデターが起こり、戒厳令が出され緊迫した状況になった。
数多くの検問所ができ、空港は閉鎖され、電話も不通。
そんな中、友人の様子を見に行ったべスが家に帰宅すると家の中が荒らされ、チャールズの姿がなかった。
チャールズの失踪を知ったニューヨークにいる父エドワードは、現地に飛んだ。
大使館に捜索を依頼するが、情報がないまま時間だけが過ぎていく。


'82年度カンヌ映画祭グランプリ受賞作品。
1973年、南米チリで起きたクーデターで失踪したアメリカ青年の事件を基に書かれた、トーマス・ハウザーの「チャールズ・ホーマンの処刑」を映画化した作品。

mi3.jpgこの映画の背景を知らないと、映画が訴えている本質は難しくて見えにくいかもしれない。
私もそうだったけれど、チリにクーデターが起きた事実とその問題点は知らない人は多いかと思います。

チリは1970年、民主的な選挙でアジェンデ人民連合政府が誕生したが、1973年にクーデター勃発。
左派勢力、民主的活動家などを弾圧し、約3100人が死亡。
そして、アウグスト・ピノチェットが大統領に就任した・・・と。
けれども、ここで大きな問題になっているのがアメリカ政府の関与。
2005年のアメリカ議会で、
クーデターにはアメリカCIAと国際電信電話会社(ITT)が共謀し、人民連合政府打倒の陰謀に加担した。
クーデターに際して、当時の大統領ニクソンは48時間前には知っていた。
アメリカの艦隊が合同演習の名目でチリ沖に出動していた・・・などが公表された。
クーデターが勃発したのは1973年9月11日。
いわば、アメリカが起したテロ行為もまた9.11なのです。

mi.jpg映画は、チリの独裁的な政権を樹立させることにアメリカが関与したことを問題提議し、作品としても真摯に作られている。
1970年代の初めは、アメリカの若者の価値観に変革が起きた時代。
その流れでアメリカを飛び出した息子夫婦とは疎遠になっていた父親エドワード。
息子の失踪で、息子の妻ベルと一緒に捜索を始めるんだけれど、どうもギクシャクして意見が合わない。
新しい価値観が理解できない父エドワードだけれど、なんとしても息子を探し出そうとする内に、ベルと心が通い合っていく過程が実に丁寧に描かれています。

mi2.jpg大使館はあくまでも知らぬ存ぜぬを言い続ける。
エドワードとベルは、ようやく逮捕された人が収容されている競技場に入ることができ、チャールズを探す。
エドワードがマイクを使って、たどたどしく昔話を始めていく。
スタンド席に座ってる人をグルリと見回し、必死にチャールズの姿を探す2人。
「ここにいてくれ!」という期待がこもった2人の表情は、ジャック・レモンとシシー・スペイセクの演技力の賜物。
そして、捜索をしていく内、知っていく事実に対する2人の演技は圧巻。

mi4.jpgラストの方で、エドワードと大使館の人物が交わす会話がアメリカという国の本質を曝け出しているのでは?と思います。
「貴方の息子ではなかったら、この事件に関心も持たなかったはずだ」というようなセリフがあります。
まさに、私たちがチリのクーデターがあった事実とその背景に無関心であることが、アメリカの陰謀の勝利を意味していると思えました。

アメリカという国の国益は、大企業の利益と切り離せないようです。
一部の人間の利益を守るために、犠牲を払わされる人々がいることを承知しながらも実行する。
それがアメリカです。

※この映画の基になったチャールズの失踪事件に関しての詳しいことは、こちらで読んでみて下さい→「米青年チャールズ・ホーマンの失踪事件解明に新たな一歩」
映画の内容についても詳細が載ってます。
(ネタバレがありますので注意)

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2007年05月13日 映画ま〜わ行 1980年代 トラックバック:0 コメント:0

エリザベスタウン

エリザベスタウン スペシャル・コレクターズ・エディション2005年アメリカ
監督:キャメロン・クロウ
出演:オーランド・ブルーム、キルステン・ダンスト、スーザン・サランドン

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
大手シューズメーカーのデザイナー、ドリューは新型スニーカーを手掛けたが、商品の返品が相次ぎ、社運を賭けたプロジェクトは大失敗する。
会社を解雇され、仕事に情熱を注いできたドリューは生きる気力を失い、自ら命を絶とうとしていた丁度その時、父親の訃報を知る。
長男の務めとして父親の葬儀の準備をするために、父親の故郷エリザベスタウンへ向かった。


et4.jpgトム・クルーズの制作で「バニラ・スカイ」でも組んだキャメロン・クロウの監督作品。
ちなみに、私は「バニラ・スカイ」を観る気にもならないんですが・・・(『オープン・ユア・アイズ』の世界を大事にしたいので)

さて、コスプレしていないオーランド・ブルームが主演でしたけれど、正直言って彼は女優陣に食われてましたね(;・∀・)
オーランドは何というか、寿司で言うなら「ガリ」みたいな役の方がいいんだろうなぁ〜。
妙な喩えだけど、そんな感じ・・・。
顔がキレイ過ぎるから、時々画面に映ってくれるだけで充分ってことかな?

et2.jpgこの作品、イマイチっていう評価が多いんですよねー。
たぶんそれは、この作品をどうしても現実の世界に当てはめようとするからでしょうねー。
私は「リアルっぽいファンタジー」だと思って観ました。
だって、のっけから10億ドルの損害を出した社員って設定ですよ?
現実的に考えたら、スニーカーで10億ドル損失って、お前・・・って感じになりますわな。
ドリューは心の中で呟きます・・・失敗と大失敗は違うと。
でも思うんですよ、大失敗は失敗を教訓にしなかったからだと・・・ね。
発明家のエジソンは言いました。
「失敗は、これではダメだという発見なのだ」

et3.jpg他の乗客がいない飛行機の中で、ドリューはちょっと変ったスチュワーデスのクレアと出会う。
この時点で、ドリューの不思議な旅が始まるんです。
その旅に誘ったのが父親ということですね。
息子が死のうとしていた時に、父親が亡くなった・・・これがこの映画のメッセージの全てだと思います。
映画の冒頭から「大丈夫」と自分に言い聞かせるように口にしていたドリューは、最後の方で一度だけ泣く。
やっと感情が動いた瞬間。
ただやはり、作品全体が広く浅くっていう雰囲気だったためか心に響いてこなかった。

et5.jpgところで、この映画のキルステン・ダンストはチャーミングに見えましたねー。
シリアスな役をすると暗いキャラに見えてしまうから、こういうちょっと能天気なくらいが丁度良いのかもしれないわ。
でも笑うと牙が生えてるように見えちゃうんですよねー、この方・・・ (。・x・)ゝ
お手製の地図もユニークで可愛い。
アメリカの女の子って、ああいうコラージュみたいにするのが上手いですよね。
NYにいる知人から、お手製の楽しいアルバムを送ってもらったことがあるんですけど、センスが日本人のそれとは微妙に違うんですよ。

et.jpgそして、もしかしたら音楽のための映画なのかな?と思わせるほど、チョイスされている音楽は素晴らしい。
まぁ、クロウ監督の得意分野でもあるからでしょうが。
もしも、アメリカに行ってドライブすることができたなら、この映画のサントラをそのまんま流しながら突っ走りたい♪
「U2」までチョイスされていたのには、ビックリ。
でも、案外合うんですねーU2も。


サントラ試聴できます→ http://www.hmv.co.jp/product/detail/1461898


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2007年05月12日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0