シド・アンド・ナンシー
1986年イギリス監督:アレン・コックス
出演:ゲイリー・オールドマン、クロエ・ウェブ、ドリュー・スコフィールド
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
1978年10月12日、ニューヨークのチェルシーホテルの一室で、ナンシー・スパンゲンの刺殺死体が発見された。
彼女のそばには、放心状態のシド・ヴィシャスが座り込んでいた。
殺人容疑で連行されたセックス・ピストルズのベーシストであるシドは、警察で事情聴取を受ける。
そして、シドとナンシーが出会った時からの回想が始まる・・・。
シドとナンシーとの真実のラブ・ストーリーが描かれ、アウトサイダーな生き方を貫いたシド・ヴィシャスという男のストーリーでもある。
ナンシーの死の真相は未だに不明で、シドもクスリを大量摂取したための中毒死とされているが、それは自殺だとの見方もされている。
1979年2月2日にシドは死亡・・・享年21才。
階級の根強く残っているイギリスに於いて、労働階級の若者のウップンの象徴として「セックス・ピストルズ」は1976年に出現した。服を破り、短い髪をツンツンに立て、安全ピンをそこら中突き刺しているファッションは当時の若者から大いに支持された。
音楽も怒りに満ち、テクニックもクソもないいい加減な音楽だったが”パンク・ロック”という音楽を確立した。
シドはヴォーカルのジョニーの友人で、セックス・ピストルズの熱狂的ファンでもあった。
シドを演じるゲイリー・オールドマンは、当然年齢的にもセックス・ピストルズを充分知っている世代で、役作りも半端じゃなかった。
医者からは「死ぬぞ」と警告を受けるほどダイエットをして痩せ、シドの両親にも会って、いろいろ話を聞いたという。
そして、シドの遺品をゲイリーは託され、映画ではシドが愛用していたものを使用している。
シドはセックス・ピストルズのメンバー:グレン・ロトロックの脱退により、友人でヴォーカルのジョニー・ロットンの紹介でメンバーになった。
シドはベースをまともに弾けなかった話は有名だったが、そういう技術とか能力よりも破壊的なステージ・パフォーマンスが受けた。
その頃にシドはナンシーと運命的な出会いをする。
映画はここから先を忠実に描いている。
ナンシーを演じるクロエ・ウェブも素晴らしく、愛することに執着し、どこか物寂しげな雰囲気の粘っこさはシド以外寄せ付けない感じたっぷり。どちらかと言えば、同性にも嫌われそうなナンシーと出会ったシドにとって、ナンシーは運命の女性だったんだな・・・と思わせられた。
2人は何から背を向けようとしていたんだろうか?
映画のラスト、シドはナンシーの姿を見る。
シドの安らかな表情が印象的であり、シドとナンシーに捧げるに相応しいシーンとなっていたことに、胸が熱くなった。
シドがソロになって、マネージャーのマルコムからフランク・シナトラの「マイ・ウェイ」を歌ってみたら?と提案され、嫌々ながら歌った「マイ・ウェイ」が奇しくもシドの代表ナンバーとなった。
投げやりに歌った「マイ・ウェイ」はシドの人生観を如実に表わし、それを貫いて逝ってしまった。
シドは亡くなる前に遺書を両親に宛てて書いていた。
『僕が死んだら、僕のベイビーの隣に埋めて下さい。埋める時には皮ジャンと皮ジーンズとバイカー・ブーツを着用させて下さい。さようなら・・・』
その思いは叶えられなかった・・・。ナンシーの両親が拒んだからだ。
しかし、シドの両親はシドの灰をナンシーのお墓に撒いたそうです。
世界中で有名になったピストルズは私もリアルタイムで知っていたし(世代がバレバレですが・・・)、シドの死も知っていた。
世間は「どうせイカレた奴だから、ヤク中で死ぬんだ」なんて言っていたけれど・・・。
シドの真実を知りたくて観た「シド・アンド・ナンシー」で、ゲイリー・オールドマンという俳優の凄さも知った・・・そういう印象深い映画となりました。
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けっこうキュートな声なんですよ。
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