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カポーティ

カポーティ コレクターズ・エディション2006年アメリカ
監督:ベネット・ミラー
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナー、クリス・クーパー、クリフトン・コリンズJr.

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
1959年11月15日、カンザス州ホルカムで、クラッター家4人が殺害される事件が起きた。
翌日、NYでその事件の記事を見た作家トルーマン・カポーティは、その事件を取材することにした。
彼の友人で女流作家ネル・ハーバー・リーを伴ない、現地へと向かう。
やがて2人の青年が容疑者として逮捕され、カポーティは拘留中の彼らに接し、この事件を小説の題材にすることにした。


「ティファニーで朝食を」のトルーマン・カポーティがノンフィクション小説「冷血」を書くきっかけから書き上げるまでを描いた作品。
カポーティ役のフィリップ・シーモア・ホフマンは、この作品でアカデミー賞主演男優賞を受賞。

t-c.jpgこの作品は、あくまでもカポーティを描いたもので、小説の題材となった事件の掘り下げは弱い。
なので、なぜ彼は小説を書く気になったのか、犯人のペリーになぜ興味を持ったのか、どういう思いで小説を書き進めていたのか・・・という点は、彼のキャラから推し量るに留まっていたと思います。

私は先に「冷血」を観ていたので、事件そのものや犯人のキャラを知っていた上でこの作品を観ました。
たぶん、「冷血」を本で読むか、映画で観ていないと、この作品を観ただけでは肝心のカポーティに関心を持たせたペリーの特殊性はわかりにくいかもしれませんね。
まぁ、ペリーの日記に書かれていた「演説用」の文章で、多少はわかるようにはなってますが・・・。

t-c4.jpg饒舌で独特の雰囲気を持つカポーティ。会話の94%は記憶していると言っていましたが、どこか物事を客観的にしか捉えていないような人のように思えました。
彼の主観は表現するための客観性である・・・という感じ。
でもカポーティの「同じ家に育って、彼は裏口から出て、私は表口から出た」という言葉は、彼の深層心理の核心を突いてる言葉だと思います。
ただ、この作品ではペリーの生い立ち、育った環境、父親との確執なんかが省かれているので、そのカポーティの言葉の真意が伝わりにくいな・・・とは思います。

t-c2.jpgしかし、「冷血」を書いている時のカポーティのエピソードは、かなり興味深かった。
ペリーに対して親身になるのは、傑作にしようとする小説のネタへのご機嫌取りであり、一方でペリーが他人とは思えないからであるという側面を同時に持つ。
しかも、カポーティ自身もそれを自覚している。
その側面のいずれかが強くなった時、利己的になったり、または親友のようになったり・・・。
でもそれも、処刑される日が延びれば延びるほど、小説家カポーティの利己的な面が如実になっていく。
「このまま処刑日が来ないと、結末が書けない・・・拷問に遭ってる気分だ」
考えてみれば、殺害された家族4人の命と処刑される2人の犯人の命を題材にしている訳で、そんなカポーティこそが冷血の持ち主なのかもしれませんね。

t-c3.jpgやんわりとした物腰と野心的な欲求。
そういう人なりをフィリップ・シーモア・ホフマンは、見事に演じ切ったんじゃないでしょうかね?
あくまでも、この作品は説明するのではなく、醸し出す何かを感じ取る映画だと思いました。
カポーティの冷たさ・・・どこか斜に構えてる感じ。
ペリーの処刑に立ち会ったカポーティは、「冷血」を出版した後、まともに完成させた小説がなかった・・・ということで、どこかでカポーティはペリーと同化してたのか?はたまた人の死を待ち望んだことへの罪悪感からなのか?

んん〜、やはりこの作品は「冷血」とセットで観ることをオススメします。
少なくとも、ペリーの人格はこの作品ではわかりませんので。


■関連作品:>>「冷血」

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2007年07月30日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:- コメント:-