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時計じかけのオレンジ
1971年アメリカ監督:スタンリー・キューブリック
出演:マルコム・マクダウェル、パトリック・マギー、ウォーレン・クラーク
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
近未来のロンドン。
15才のアレックスは、退屈な日常のウサを晴らすように、仲間らと夜な夜な街で暴れ回っていた。
暴虐で爽快になるアレックスだったが、仲間の裏切りで警察に捕まり、刑務所に入る。
その頃、政府は凶悪な犯罪者の人格を人工的に改造する治療法を試みており、その治療法を受けると刑期が短くなってすぐ出所できると聞いていたアレックスは、喜んで治療法の第一号になるが・・・。
1962年に出版されたアンソニー・バージェスの同名小説を映画化した作品。
イギリスでは映画を真似た犯罪が起こり、キューブリックの要望もあって上映が中止されたそうです。
観ていて嫌悪感を抱くような暴力や強姦シーンの数々。これを「オシャレな映画」と呼ぶことには抵抗はありますけど、もしかしたら人間の中にある暴力性というものは、一種の”美”かもしれないと思いました。
憤りも、怒りも、自分に向かうのか他人に向かうのか・・・の違い、そしてどういうカタチで表に出るのかの違いで、実は根は皆同じなんじゃないか。
暴力が邪悪なものと一括りにするなら、人間自体がすべて邪悪な存在なんではないか?
自分だけは違うと言い切れるか?
そんな哲学的なことを考えさせられた作品であります。
この作品を観ると、「サイケ」という言葉が頭をよぎりますねー。セットの色彩やモニュメントの形もそうですし、アレックスたちが悪さをする時の恰好やメイク、アレックスが使うロシア語チックな造語などなど、三十数年前に於ける近未来の姿が今見ても古ぼけて見えないのが凄い。
公開当時、リアルタイムでこの映画を観た日本人はどう感じたんでしょうかねー?
そういう方々の感想にも興味がありますが・・・。
なんせ「世界の国からこんにちは」と、ようやく文化的にも世界を見渡せる余裕ができたばかりの日本だった時代でしょうからねー。
さて、この映画は暴力の描写ばかりではなく、国民をコントロールする全体主義への風刺が込められているんですね。
”人格改造”という名の洗脳実験ですけど、映画に描かれている手法は「パブロフの犬」よろしく、条件反射を植え付けてるようですが。
しかし、政府による国民への洗脳は、情報コントロールによって現に行われていますからね。
日本もそうでしたし、アメリカはずっとそれを行っています。
あのテロも実は・・・という論調まで出始めましたが・・・。
劇中、アレックスが強姦しながら唄う「雨に唄えば」は、キューブリックから撮影中に「何か唄え」と言われ、アレックス演じるマクダウェルが唯一歌詞を知ってる歌がそれだったんだそうですね。だから、「雨に唄えば」の選曲には深い意味はないようです。
この作品でかなり身体を張ってるマクダウェルですけど、例の治療法の撮影で目を失明しかけたとか・・・。
あのシーンは、本当に観ていてもキツイ。
私の中での彼は今でもあのままの姿ですが、もう還暦を過ぎた白髪のお爺ちゃんなんですよねー。
この作品の時代から時間が過ぎ去ってきたことを痛感してしまいますけど、だからこそキューブリックの感覚がいかに未来的だったかも痛感する作品です。

















