ソナチネ(カナダ映画)
( ´∀` )つ★★★★☆1984年カナダ
<ストーリー>
シャンタルは背骨の治療のため、いつも同じバスに乗っていた。そして、いつも同じ運転手が運転していた。
いつしか顔なじみになったシャンタルと運転手だったが、ある日突然バスの運転手が替わっていた。
乗り込む前に呆然と立ち尽くすシャンタルを尻目に、バスはドアを閉めて走り去っていく。
ルイゼットは今しかないと、家出を決行する。
モントリオール港に停泊していた船で密航しようと乗り込むが、その船の船員に見つかってしまう。
いろんな話をしたり、ルイゼットが持っていたウォークマンで音楽を聴かせたりするが船から下ろされて、密航は失敗。
ルイゼットの家では父親と母親のケンカが絶えず、親子の会話もほとんどなかった。
シャンタルとルイゼットは睡眠薬を盗み出す。
そして地下鉄に乗り込む。
「私たちを誰も止めなければ死んでしまいます」という手書きのプラカードを持って・・・。
まず、この映画を紹介する時に決まって言わなければいけない言葉、
「この映画は北野武の「ソナチネ」ではありません」
観たのは、もうずいぶん昔です。
でもなぜか胸のどこかに引っかかって残っている作品です。
音楽の「ソナチネ」とは、3楽章以下から構成されるソナタのことで、この映画も3部構成でできています。
※以下、観ようにもなかなか観られない映画なのでネタバレ含みます。
まずは、シャンタルとバスの運転手とのエピソード、そして次はルイゼットと船員のエピソード、最後に2人が自殺するまでの様子・・・。
この十代の揺れる少女2人を上手く描いている作品だと思う。
2人のそれぞれのエピソードで大人との関わりが出てくるが、どちらの少女も自分の存在から生まれる交流を楽しんでいたんだろうと思う。
「私は今ここで生きている」
それを確かめたかったのかな?と思う。
それを最も感じさせる最後のエピソード。
「誰も止めなければ死んでしまいます」
このプラカードを持って地下鉄に乗り込む2人。
手には睡眠薬・・・。
2人は周りの人たちに目を向け続ける。
誰かがきっと気づいてくれるはずだ・・・という期待にも感じる、少女2人の余りにも危険な賭け。
地下鉄の電車には多くの人が乗っていた。
けれど、誰も、誰ひとりとして彼女たちに声をかける者はいなかった。
おもむろに睡眠薬を飲む2人・・・・。
彼女たちを見守る私も絶望に似た気分にさせられた。
地下鉄は走り続ける。
いつしか2人は寄り添うように目を閉じていた。
映画は最後の最後まで2人を孤独にしていた。
地下鉄の1日が終わり、車内をチェックしていた従業員は少女たちが眠る場所の近くにさしかかった時、地下鉄のスト決行の知らせを聞き、彼女たちに気づかないまま降りてしまった。
取り残された少女2人・・・。
あまりにも切なくて、やりきれない気持ちが観る者に抱かせるシーン。
私は何のために生きてるの?
・・・そういう十代の虚しさが全体に漂う映画でした。
この映画を総括するならば、マザー・テレサの言葉ですね。
愛の反対は憎しみではありません。無関心です。
ちなみに、カナダのフランス語圏なのでセリフはフランス語。
私はてっきりフランス映画だと思い込んでいたら、知人からカナダには英語圏とフランス語圏があることを教えてもらった。
ひとつ勉強になった映画でもあります。
北野武の「ソナチネ」に押されてしまったタイトルで、それも寂しいですね。
DVD化はしておらず、奇特なレンタル屋さんでビデオを置いてるかもしれないってくらいの、認知度のない作品です。
だから私は表に出しました。

















