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砂と霧の家

2003年アメリカ
監督:ヴァンディム・バールマン
出演:ジェニファー・コネリー、ベン・キングスレー、ロン・エルダード

(´▽`)つ★★☆☆☆

<ストーリー>
夫と別れ、荒んだ生活を送っていたキャシーは、税金未払いで父親の遺した家を差し止められてしまう。
しかし、それが行政の手違いだとわかった時には既に家は競売にかけられ、政変で国を追われアメリカに亡命してきた、イラン人のべラーニ元大佐に買われていた。
競売は無効だとするキャシーと、すでに正当な競売だとするべラーニが『家』を巡って対立していき、悲劇へと向かうことになる。


『美しい悲劇』と銘打って宣伝し、全米と(?)日本の一部の人も嗚咽した映画・・・らしい。
ちなみに私は『美しい悲劇』だとも思わなかったし、嗚咽どころか一滴の涙も出ませんでしたけどね(´▽`lll)
これだけ人の人生をもてあそんだ作品は、今までお目にかかったことはございません。
「理不尽」だとか「運命」だとか、そういう次元の話でもない。
簡単に言えば「執着心の賜物」であり、それが招いた最初の悲劇は奇しくも一番執着心のなかった者に覆い被さってしまった。
まぁ、それが「理不尽」と言えばそうかもしれない。

この映画は「家(ハウス)」ではなく「家(ホーム)」は何たるかを観る者に訴えているとか、「失ってわかる大切なもの」だとか、掲げているテーマは素晴らしいけれど、それを私は映画からは見出せなかった。
この映画で痛感したのは、「しがみ付くほど失うものだ」という、この世の真理だ。
手に作物の種を握り締め続けていても作物は実らず収穫もできない。作物を実らせ収穫したければ、種は手から放ち大地に蒔かねばならない・・・という教えもあるほど。

一軒の家を巡り、キャシーは過去の思い出のために、べラーニは将来の家族のためにしがみ付く。
で、べラーニはイランで大佐だったという身分にもしがみ付いてる風でもあり、お互いに妥協点も見出せずに頑なになってしまったのでしょう。
そこへ家には関係のない警官のレスターも絡んでくるから、益々話が泥沼化していくんですが・・・。
suna.png
アメリカの行政には詳しくないので、その仕組みがわからない以上何とも言えないけれど、行政の手違いが双方の混乱を招いた・・・ってことになるなら、人情沙汰に話を持っていくのは強引すぎる。

そしてこの映画、全体の映像、色使い、BGMまで「どうだ!暗いだろ?寂しいだろ?」というのが満載。
美しい映像ではあるけれど、ヘコんでいる時には見たくない。
映画の終盤寸前は話がとりあえず丸く収まるような感じだったが故に、救いようのないラストにガックリ・・・。
結局、登場人物全員、何も得るものはなかったですね。
レスターすらも。

この映画の魅力は、キャスティングが素晴らしい・・・これに尽きる。
気が強そうでいて孤独に弱いキャシーという女性はジェニファー・コネリーにピッタリだし、ベン・キングスレーの内に秘めているプライドを滲ませる雰囲気も良かった。
キャスティングが悪かったら、たぶん胸くそ悪い気分で観終っていたかも・・・(||゚Д゚)

キャシーに、「父親が遺してくれたのは、家じゃなく貴女という存在なんだよ」・・・と何度言いたかったか知れない。

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2006年11月26日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0












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