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イノセント・ラブ

イノセント・ラブ2004年アメリカ
監督:マイケル・メイヤー
出演:コリン・ファレル、ダラス・ロバーツ、シシー・スペイセク

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
1960年代、クリ−ヴランド。
家族を次々失ったボビーは、親友ジョナサンの家に身を寄せる。
そこで兄弟のように育っていくが、友人以上の感情がお互いに芽生える。
やがてジョナサンは高校を出るとニューヨークへ。
一方、ボビーは地元でパン屋に勤め始めた。
数年後、ボビーはジョナサンを訪ね、同居人のクレアと出会う。


全体に静かに描かれていて、起伏のない作品です。
ちょっと掴み所のなさがあり、登場人物の気持ちがわかりにくい・・・といった作品だなと思います。

il.jpgう〜〜〜ん、本当に掴み所がない作品なんですよね。
主人公はボビーなんですけど、音楽が好きっていうのはわかります。
ジョナサンに対して、彼の場合は家族という感覚だと思います。
一方のジョナサンはゲイであるんだけど、ボビーに対してやはり家族という気持ちの方が上回っていて、「好き」という感情を抑えてるかな?という気がしました。

なんかお互いに好意を持ちながらも、一線を越えてはならない感覚があったのでしょうねー。
で、ボビーの初体験の相手がクレアだったりする辺り、そういうのは奥手なんだな・・・と。
ジョナサンは男漁りはするものの、ボビーとは関係を持とうとしません。

il2.jpg彼らが「家族」という気持ちが強いという表れに、クレアは妊娠をしたと聞かされボビーとジョナサンは大喜びするんですね。
それで、3人一緒に暮らしながら子供を育てるという、新しい形の家族を築いていこうとする。
そういう話かな〜?と思ったら、違った。クレアもそういう形の家族に満足するのかと思いきや・・・。

原題の意味が「終の住家」というようなことで、作品の大半は前置きみたいな感じなのかなぁ〜?と思います。
実はジョナサンの脚にアザが現れ始めたのです。
それが何を意味するのかは、作品の中では触れてはいません。
そのアザの意味することがわかる人にはわかる・・・ということですね。

il3.jpg掴み所がない・・・というのは、ボビーとジョナサンの関係が「これだ!」と言える関係ではないからでしょうねー。
友人なのか、家族なのか・・・はたまた恋人なのか。

男同士でダンスを踊るシーンが印象的です。
劇中、「ウッドストック」なんかの話をしてましたけど、時代背景は全体にわかりにくかったです。
それと、出ていた男の子が可愛かったです(*´∀`*)


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2007年08月21日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

カポーティ

カポーティ コレクターズ・エディション2006年アメリカ
監督:ベネット・ミラー
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナー、クリス・クーパー、クリフトン・コリンズJr.

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
1959年11月15日、カンザス州ホルカムで、クラッター家4人が殺害される事件が起きた。
翌日、NYでその事件の記事を見た作家トルーマン・カポーティは、その事件を取材することにした。
彼の友人で女流作家ネル・ハーバー・リーを伴ない、現地へと向かう。
やがて2人の青年が容疑者として逮捕され、カポーティは拘留中の彼らに接し、この事件を小説の題材にすることにした。


「ティファニーで朝食を」のトルーマン・カポーティがノンフィクション小説「冷血」を書くきっかけから書き上げるまでを描いた作品。
カポーティ役のフィリップ・シーモア・ホフマンは、この作品でアカデミー賞主演男優賞を受賞。

t-c.jpgこの作品は、あくまでもカポーティを描いたもので、小説の題材となった事件の掘り下げは弱い。
なので、なぜ彼は小説を書く気になったのか、犯人のペリーになぜ興味を持ったのか、どういう思いで小説を書き進めていたのか・・・という点は、彼のキャラから推し量るに留まっていたと思います。

私は先に「冷血」を観ていたので、事件そのものや犯人のキャラを知っていた上でこの作品を観ました。
たぶん、「冷血」を本で読むか、映画で観ていないと、この作品を観ただけでは肝心のカポーティに関心を持たせたペリーの特殊性はわかりにくいかもしれませんね。
まぁ、ペリーの日記に書かれていた「演説用」の文章で、多少はわかるようにはなってますが・・・。

t-c4.jpg饒舌で独特の雰囲気を持つカポーティ。会話の94%は記憶していると言っていましたが、どこか物事を客観的にしか捉えていないような人のように思えました。
彼の主観は表現するための客観性である・・・という感じ。
でもカポーティの「同じ家に育って、彼は裏口から出て、私は表口から出た」という言葉は、彼の深層心理の核心を突いてる言葉だと思います。
ただ、この作品ではペリーの生い立ち、育った環境、父親との確執なんかが省かれているので、そのカポーティの言葉の真意が伝わりにくいな・・・とは思います。

t-c2.jpgしかし、「冷血」を書いている時のカポーティのエピソードは、かなり興味深かった。
ペリーに対して親身になるのは、傑作にしようとする小説のネタへのご機嫌取りであり、一方でペリーが他人とは思えないからであるという側面を同時に持つ。
しかも、カポーティ自身もそれを自覚している。
その側面のいずれかが強くなった時、利己的になったり、または親友のようになったり・・・。
でもそれも、処刑される日が延びれば延びるほど、小説家カポーティの利己的な面が如実になっていく。
「このまま処刑日が来ないと、結末が書けない・・・拷問に遭ってる気分だ」
考えてみれば、殺害された家族4人の命と処刑される2人の犯人の命を題材にしている訳で、そんなカポーティこそが冷血の持ち主なのかもしれませんね。

t-c3.jpgやんわりとした物腰と野心的な欲求。
そういう人なりをフィリップ・シーモア・ホフマンは、見事に演じ切ったんじゃないでしょうかね?
あくまでも、この作品は説明するのではなく、醸し出す何かを感じ取る映画だと思いました。
カポーティの冷たさ・・・どこか斜に構えてる感じ。
ペリーの処刑に立ち会ったカポーティは、「冷血」を出版した後、まともに完成させた小説がなかった・・・ということで、どこかでカポーティはペリーと同化してたのか?はたまた人の死を待ち望んだことへの罪悪感からなのか?

んん〜、やはりこの作品は「冷血」とセットで観ることをオススメします。
少なくとも、ペリーの人格はこの作品ではわかりませんので。


■関連作品:>>「冷血」

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2007年07月30日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0

記憶の棘

記憶の棘 オリジナル・バージョン2004年アメリカ
監督:ジョナサン・グレイザー
出演:ニコール・キッドマン、キャメロン・ブライト、ダニー・ヒューストン

(´▽`)つ★★★☆☆

<ストーリー>
10年前に夫ショーンを突然の心臓発作により亡くしたアナ。
彼女の哀しみを長い間見守ってくれたジョゼフのプロポーズをようやく受け入れ、婚約したばかり。
そんなアナの母親の誕生日パーティーに、見知らぬ10才くらいの少年が現れ、アナに対し、少年は夫のショーンだと言い出した。
最初は悪いイタズラだと思ったアナだったが、ショーンしか知らないはずの秘密を語る少年を、本当に夫の生まれ変りではないかと思い始めるアナだったのだが・・・。


※ネタバレ含んだ記事です。

アメリカでも物議を呼んだ作品で、人によって見方がバラバラな一風変った作品と言えるでしょう。
当然日本でも多くのレビューは賛否両論だし、解釈も様々・・・ということで、あくまでも私個人の解釈を書きたいと思います。

kiokunotoge4.jpgキリスト教は仏教のような「輪廻転生」という概念がありません。
まぁ、そういった宗教観の違いもあって、アメリカでは批判的な意見が多かったようですが・・・。
では日本は?というと、生まれ変りは「有り得る」という認識でしょう。
ただ、この作品に於いて、あの少年は本当に夫の生まれ変わりか否か・・・という点に絞り込んでしまうと、ラストで「なぁ〜んだ」と思ってしまうでしょうね。
でも、そもそも生まれ変った場合の記憶って、どんなものなの?ということです。

劇中、少年は夫のショーンが倒れた場所にアナを呼び出します。
「公園のあの場所で待っている」と。
その後、友人から「なぜあの場所がわかったのか?」と少年に尋ねると、少年は「デジャヴみたいなもの」と答えます。
記憶と言えども、そのデジャヴという感覚が物語っているのでは?と思うんですよ、私は。

kiokunotoge3.jpg多くのレビューには、アナが住むアパートに少年の父親は家庭教師をしに来ていて、そのアパートの1階で待ってた少年がアナを見かける内に恋心を抱いて、亡くなった夫と同じ名前だったために生まれ変りだと思い込んだ・・・と。
そういう憶測もできるんですけど、ではなぜクララの後を少年は追ったのか?ということですね。
クララはアナに渡そうとした箱を埋めに行ったんですけど、少年はそんな事情は知らないはずなんです。

生きている人間の場合、記憶は脳の仕事。
しかし、魂の場合は脳がないんですから、記憶というニュアンスは人間の記憶と同じはずだと考えるのは強引だと思います。
そこで「デジャヴ」なんですよ。
私たちも、初めて行く場所のはずなのに「懐かしい」と感じたり、初対面の人なのに「初めて会った感じがしない」とかって経験があると思います。
少年はふとクララを見て、気になったから後を追いかけたのでは?と憶測。

kiokunotoge2.jpgその埋めた箱の中身を見て、少年は夫の情報を得たんだ・・・という風に見せてるけれど、実は違うんじゃないかと思うんですよ。
夫のショーンはクララに、アナからもらった手紙を封を開けずに渡していた・・・つまり、少年が夫の魂の記憶を共有しているなら、アナの手紙を初めて読んだことになります。
アナの愛のこもった手紙を読んで、魂に響いたんだと思います。
それまで、なんとなく・・・という感覚だったのが手紙を読んだことでアナとの記憶が導き出されたのでは?と。
まぁ、ここまでくると「霊的(スピリチュアル)」な話になってきますけどね・・・。

生前の夫はアナよりもクララを愛していた・・・とクララから聞く少年。
ショックを受けた少年は、アナを愛しているから夫ではないとアナに打ち明けます。
ここがポイントですね。
ジョゼフと結婚をしたアナは海辺で波と戯れながら泣き出す。
夫のショーンと出会ったのが海辺であり、「アナを愛しているから僕は夫ではない」と言った少年の言葉の意味を知ったのでしょう。

kiokunotoge.jpgでは、少年は夫の生まれ変りなのか?ということですが、私は恐らく生まれ変りなんだと思います。
しかし、生まれ変ったとしても、前の人生に固執することが目的ではなく、新しい人生を築いていくことが魂の目的。
昔の記憶と共に生きていくのはアナであり、少年ではないのです。
そういう意味で、ああいうラストなんだろうと思いました。
セリフを極力減らし、顔を長く映す手法はヨーロッパ的でしたね。
直接的な表現を避けてる意味で、わかりにくい印象はあったかもしれませんが・・・。

さて、この作品で二コール・キッドマンはベリーショート・ヘアが素敵でした。
彼女は本当にアップに耐えられる顔立ちだな、と改めて認識。
少年のショーン役の子は、いやぁ〜この子はなんか変に色気ありますねー。
でもキスシーンでの手を見たら、ポチャポチャした手がかわいい♪
良い俳優さんに育ってくれるといいですねー。

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2007年07月25日 映画あ〜さ行 2000年以降 トラックバック:0 コメント:0