タイム・アフター・タイム
1979年アメリカ監督:ニコラス・メイヤー
出演:マルコム・マクダウェル、デイヴィッド・ワーナー、メアリー・スティーンバージェン
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
1893年、ロンドン。
凶悪な殺人鬼、切り裂きジャックに人々がおののいている頃、文学者であり科学者であるH.G.ウェルズは、ある研究に取り組んでいた。
そして研究の成果である「タイム・マシン」を家に招いた友人たちに披露していた時、追っていた切り裂きジャックがウェルズの家の付近で姿を消したと警官が訪ねてきた。
家宅捜査をする警官がウェルズの友人のひとり、外科医のジョン・スチーブンソンの鞄から血に染まったハンカチを発見する。
スチーブンソンこそが切り裂きジャックだとわかったが、彼はタイム・マシンで1979年に行き、姿を消した後だった。
小説「タイム・マシン」の作者、H・G・ウェルズと切り裂きジャックが友人だったら・・・?という設定がユニークで、しかもウェルズ自身はタイム・マシンを作っていたという設定も面白い。
切り裂きジャックは逮捕されぬまま迷宮入りしてしまった事件なので、架空の犯人像を仕立てて描く作品は多いものの、実在したウェルズの友人という設定で殺人鬼が未来へ行ってしまった!という発想は本当に面白い。タイム・マシンを披露している時、ウェルズは近未来は争いもない平和な世界になっているだろうと予測し、スチーブンソンは今より(19世紀)も悪い世界になっていると反論する。
そういう取っ掛かりも良いんですねー。
理想主義的なウェルズと現実主義的なスチーブンソンの対比が、単にタイム・マシンで未来に行くということで終らせない。
スチーブンソンは1979年に行き、ウェルズは自分の開発したタイム・マシンのせいで、殺人鬼を未来に送り込んだカタチになり、なんとか捕まえようと後から追いかけて行くんですが、到着した場所はロンドンではなく、アメリカはサンフランシスコの博物館。著名人ゆえに、自分の遺品などと一緒にタイム・マシンも展示されているんですねー。
ここら辺からは、時代のギャップにオロオロするウェルズが面白い。
人の真似してマグドナルドでハンバーガーを注文したり(イギリス人らしく、紅茶を注文することは欠かしません)、タクシーを止めてみたり・・・アメリカ人とイギリス人の違いもあるしで、笑える。
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そして、なんとかウェルズはスチーブンソンの居場所を突き止め、20世紀で再会します。
ここで、スチーブンソンが19世紀より20世紀は悪い世界になってることを強調するんですね。
わずか90年弱の間に世界は多くの戦争をし、政治腐敗は進み、銃が簡単に手に入り、人を簡単に殺していく・・・だから20世紀の自分はチンピラに過ぎないと、再び姿を消してサンフランシスコで同じ犯罪を繰り返す。
この作品を観て思ったんですけど、ウェルズたちにとっては1979年は未来であり、現時点で観た私にとっては過去なんですよねー。
これは不思議な感覚ですよ。
まるで、私は過去にタイムトラベルしたような感じがしました。
そして、21世紀の今は更に混沌としているんじゃないかと。
科学技術は進歩してるけれど、人間自体はちっとも進歩していないんだなぁ〜なんて・・・。
さて、この作品はロマンスもしっかり入ってます。ウェルズが恋に落ちるお相手はメアリー・スティーンバージェンが演じてるんですけど、この方は「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」に出演してますねー。
「BTTF3」も勿論タイムトラベルもので、こちらの方は過去の時代の女性でしたが、「タイム・アフター・タイム」に引っかけたキャスティングだったんでしょうか?
そう言えば、ドクも科学者でしたし・・・。
壮大なタイムトラベル・・・ではないですし、細かい点でツッコミもできる作品ではありますが、やはり発想が面白いので引き込まれてしまいました。
マルコム・マクダウェルがキュートです♪

タクシードライバー
1976年アメリカ監督:マーティン・スコセッシ
出演:ロバート・デ・ニーロ、シビル・シェパード、ピーター・ボイル
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
毎日街をタクシーで流す運転手のトラヴィスは、世の中が汚れ切っていると感じ、憤りが増していく。
堕落した世の中を綺麗にしていく使命が自分にはあると思い込んでいくトラヴィスは、行動を起す。
古き善きアメリカという時代の価値観が揺らぎ、アメリカ人は触れたがらない、ベトナム戦争や政治の腐敗などに象徴される悪しきアメリカの暗黒の'70年代に数多く登場した「アメリカン・ニューシネマ」
ヒーローなき時代を象徴する作品がこの「タクシードライバー」だと思います。
孤独感を抱えた都会を演出する素晴らしい音楽は、バーナード・ハーマン。
この作品が遺作となった。
この作品は、「ミスター・グッドバーを探して」の対極に置きながらも根が同じという印象を受けました。国内ではドラッグや性的乱れの蔓延、ベトナムは泥沼、政治は腐敗しきっていた'70年代前半のアメリカ。
主人公トラヴィスはベトナム帰還兵ということで、「正義」と「愛国心」の下で戦争を体験してきたひとり。
そのトラヴィスが国に戻り、目の当たりにするものは汚れ切っているアメリカなのです。
彼がタクシーを流しながら目にするものは到底「正義」とは程遠い姿。
時代背景を鑑みれば、そんな汚れた祖国のために命を賭けて戦争してきた兵士の憤りは悟れる。
そして、トラヴィスは内気でひとりで溜め込むタイプなのか、大統領候補の事務所にいる運動員べッツィに惹かれるんだけれど、不器用過ぎてせっかく誘ったデートなのにポルノ映画館に連れて行って嫌われる。ご機嫌を取ろうとするも、ことごとく失敗。
元々社交的ではないトラヴィスは、益々自分の世界に浸り込んでいく。
特に印象的なのは、鏡に自分を映しながら何かを挑発する姿に酔いしれているシーン。
「ああ、こういうヤツっているよね」と思えるから、やけに恐く感じた。
きっと男性は、どこかトラヴィスに共感できる部分があるんでしょうね。「こんな世の中クソ食らえだ!」って、何かをぶち壊す願望は心の中に抱えているのかもしれませんね。
トラヴィスは誰の心にも存在していた・・・ということかもしれません。
それが良いことか悪いことかの判断の曖昧さは、この映画のラストが象徴しているんではないでしょうか?
モヒカンのトラヴィスがヒーローになるのは、アメリカの病理的な部分への皮肉のような気がしました。
さて、'70年代のハリウッドは混沌とした時代のせいか、「アメリカン・ニューシネマ」の他にオカルトやパニック映画もヒットしました。
やはりネガティブな映画が多かったようですね。
そんなところに、「ロッキー」の登場。
マッチョな男がアメリカの強さの象徴になった・・・ここら辺の境界線に「タクシードライバー」があったことも、興味深いです。
その時代に主流となったハリウッド映画を観れば、アメリカの深層心理が垣間見れます。

地下鉄のザジ
1960年フランス監督:ルイ・マル
出演:カトリーヌ・ドモンジョ、フィリップ・ノワレ他
(´▽`)つ★★★★☆
<ストーリー>
田舎育ちの10才のザジは、母親とパリにやってきた。
母親が恋人と逢引きをする間、ザジはパリに住む叔父さんに預けられる。
ザジがパリにきて一番楽しみにしていたことは、地下鉄に乗ること。
しかし、地下鉄はストライキで休止中。
どうしても地下鉄に乗りたかったザジは、叔父さんの目を盗んでひとりパリの街に飛び出していくのだが・・・。
レイモンド・クノーの小説をルイ・マルが監督をして映画化。
若き日のフィリップ・ノワレがザジの叔父さんで登場している。
封切当時はドタバタした内容だからか、あまり良い評価を得られなかった映画らしいんですけど、時代が違うとそのドタバタ加減も新鮮な印象を受けるからわからないものですねー。そして、とにかくザジが可愛い♪
ショート・ボブのヘアースタイル(日本風に言えば”おかっぱ”)に赤いセーター、細かいヒダのスカート・・・。
永久歯が生え揃ってないお口でニタァ〜と笑う表情は、なかなかのツワモノ。
子供って純粋で無垢で天使みたい〜・・・という大人の夢を木っ端微塵に打ち砕く素晴らしいキャラです。
自称警察官の怪しい神出鬼没な変なオッサンに、「ロリコン?」なんてズバッと訊いたり、「自分の母親は父親を殴り殺した」なんて話をうっとりした表情で話すし、将来は先生になって悪い生徒のお尻をコンパスで刺すと平気で語れる女の子。
ストーリーはあってないようなもの。とにかくザジは走る走る。
パリの雑踏とした人込みをピョコピョコ走り回る。
コマ落としで早送りした映像がモノクロのコメディー映画を彷彿させ、逃げるザジvs追いかける大人というシチュエーションが楽しい。
そこへ大人の愛だの恋だのが絡んで、男と女の追いかけっこも加わって、普通に見ていると何が何やらわけわからん展開になる。
この作品は、昔見たドリフのドタバタな番組を思い出しますねー。コントの最後は滅茶苦茶になって、それを大笑いで見ていた子供の頃をふと思い出しました。
それと、当時のファッションだとか車だとかインテリアがオシャレな感じ。
ちょっとレトロで、'60年代のメイクも新鮮。
日本人にとって「憧れのパリ」だった時代が堪能もできる、粋な作品だと思います。
まぁ、ラストのドタバタシーンは、やり過ぎじゃないの・・・?とは思いましたけど、ザジが最後に言ったセリフはオツ。




















